株価や商品市況の変化が激しさを増すなかで、多くの企業が短期志向に陥り、持続的な成長を実現できずにいる。そこで日経エコロジー7月号では10年以上の長期ビジョンを作成し、あるべき姿から逆算して経営改革を断行する「逆算の経営」の在り方を探った。
コニカミノルタは2009年に社長に就任した松﨑正年氏(現取締役会議長)が、持続的な成長を重要テーマに掲げ、様々な経営改革に取り組んだ。その中で培ったコーポレートガバナンスや環境経営などがESGの観点で外部から高い評価を受けている。松﨑取締役会議長にサステナブル経営の要諦を聞いた。
「最も重要な経営課題は持続的な成長」と明言しています。どのような背景があったのでしょうか。
松﨑:私が社長になったのが2009年でしたが、社長をやってくれと言われたのが2008年でした。リーマンショックでガラッと経営環境が変わってしまった。
実は2008年、前社長の最終年に次の3年間の中期経営計画を策定し、トントントンと売り上げと利益が伸びる計画を立てていましたが、その前提が大きく崩れてしまった。
その時点ではいつ経営環境が元に戻るかということも分かりませんから、こういう変化というのは今後もあるんだろう、経営環境は変わっていくことを前提に、社長としてなすべきことを自分なりに考えました。
短期的にはアップダウンがあるにしても、あるスパンで見ると伸びていき、会社が強くなっている。こういう会社にしていく基盤を作っていくことが自分の仕事だと考えました。
ですので、社長として大事にすることは「持続的に成長していくこと」「足腰の強い会社にすること」「世の中から必要とされる会社になること」を掲げ、方針決定や意思決定のベースとしました。
経営環境がいい状態で私が社長就任を迎えたら、前の社長より業績を出そうとか、最高益を出そうとか、考えたかもしれません。
そういうことが現実的ではない中で、何が自分の仕事にするんだって時にこうしたことを掲げました。
松﨑正年(まつざき・まさとし)氏
1950年東京都生まれ。1976年東京工業大学大学院修了後、小西六写真工業(のちのコニカ)に入社。コニカとミノルタの経営統合後、分社体制下の情報機器事業会社取締役として制御系開発責任者、持株会社執行役として研究開発子会社の社長、取締役兼務常務執行役として技術戦略担当を歴任し、2009年代表執行役社長に就任。2014年4月より取締役会議長
リーマンショックのような事業環境の変化が大きい時、それに合わせて経営を変え過ぎると、会社の方針が定まりませんね。
松﨑:そうそう。それに一喜一憂したり、1年で結果を出す施策を打ったりすると、後から振り返った時に無理をしてしまうことになります。
もちろん、施策は毎年作りますが、その元になるところはぶれないということは社員に感じてもらえたと思います。
経営の目線としては何年先くらいを見ていましたか。
松﨑:10年先は見ています。5年は当然ですね。
10年先を見通すのはなかなか難しいですよね。
松﨑:10年先が見えないものと、大きな方向性として見えるものがあります。それを見据えて、手を打っていきます。
松﨑:会社が持続的に成長していくことが、社員や株主、お客様、取引先、地球環境などのステークホルダーにとっていいことだ、という考え方があります。いつもそれを意識しています。
「どこを大事にするんですか」と良く質問されますが、「どれが一番というお話ではない」というのが私の持論です。
よくコーポレートガバナンスを理屈で定義付けたいという機関があって、「どのステークホルダーが一番大事ですか」との質問があって、投資家を一番にすると得点がよくなるんでしょうけど、私はそうはしません。
投資家さんも大事。でも従業員がハッピーと思わなければ、持続的な成長につながっていかない。例えば生産拠点を変えると取引先に影響を与えます。それでもついていこうと思っていただけるためには、普段から良好な関係を作っていかなければならない。
当社がそうすることによって今後も長いお付き合いができるということを伝えることが大事です。
様々なステークホルダーにとって、当社が単に縮小均衡で生き残るということだけでなく、持続的に成長していくことが大事になります。
足腰を鍛えるという言葉の意味は何でしょうか。
松﨑:筋肉質の会社にするという言葉は良く聞きますね。それは無駄をとって、前向きな表現をすると構造改革ですね。
足腰のしっかりしたというのは、別の言葉でいうと堅牢性です。まさに外部環境が振れても会社が大きく振れない。そのために仕事の質を高めていこうということです。
堅牢性を高める、仕事の質を高めるとは具体的にどういうことでしょうか。
松﨑:私が社長時代に最も力を入れたのが、事業の中身を変えていくということです。事業環境は変わっていますので、そういう中で自分たちの強みを生かして事業を続けていくために、積極的に事業を変えていく。
それを変えていくためには施策が必要になる。良い複写機の新製品を売ればいいだけの営業から、売れれば保守、サービスと消耗品のリターンがあるビジネスへと、付加価値を提供するビジネスに変える。
商品もオフィスの複合機だけでなく、商業印刷、産業印刷に広げようとすると営業も新しい能力が必要になり、生産も作るものが変わる。ソフトウエアの開発能力を高めなければならない。
その方向を変えるためにそれぞれの部署が取り組まないといけないことが増えてきます。
会社の業績に責任を持つのと同時に、やると言ったことがどこまで出来ているかをチェックすることに一番こだわっていました。取締役会議長となった今も一番チェックしたいところです。
■コニカミノルタの営業利益
注:2013年3月期までは日本基準、それ以降は国際会計基準で計上
リーマンショック後も営業利益は比較的安定している
方針管理の手法を徹底した
どういった物差しでチェックするのですか。
松﨑:方針管理の手法を使っています。私は大きな方針を出して、それを受けて各部署が今年やることを決める。行動とどこまでできたかが分かるようなメトリックを作ります。
販売だったら具体的にサービスやソリューションの売り上げをいくらにするという数字の目標を掲げる。生産部門だったらコストダウンの目標を掲げる。
コーポレートだったらそういう定量的な目標がないとしても、どういうことができるようになるといった目標を掲げます。で、それらを回していきます。
四半期の決算がありますが、中ではそれぞれの掲げた目標がどこまでできたのかというレビューをしています。
これは松崎さんが社長になってから始めたのですか。
松﨑:前から仕組みがありました。私の時にかなり意識して使いました。一番大元は持続的な成長。だから事業の転換が必要なんだと。新しい事業を作っていくんだというのを掲げて、それが実現できる施策を進めています。
上の方針に施策がつながっているか。その施策に事業の数字がつながっているか。これらのつながりを私はかなり意識していました。
長期の目標もありながら、毎年の細かい進捗をチェックできるようにしていたのですね。
松﨑:それは環境やCSRでもそうです。CSRであれば、それぞれのステークホルダーに対して何を重視するかを決めて、今年の1年は何をするかを決めて、それをチェックする。
部門ごとにターゲットとする期間は違うのですね。
松﨑:環境であれば2050年の目標を立てています。
短期的に結果を出すことは経営者として大事なことですが、中長期的に事業を変え、新しい事業を起こしながら、成長していくことも大事です。
そういう会社と投資家に理解していただいて、そういう会社をターゲットとする投資家から投資をしてもらいたいのです。
投資家にも様々なタイプがいます。少し株価が上がると利益を確定したいとすぐに売却する投資家や、3年では結果を出さないといけないと考えるファンドマネージャーのような投資家もいます。
そうではなくて、当社はそれより長いスパンで見てくれる投資家をターゲットとしています。ビジネスでもターゲットは大事ですよね。当社で投資家を選ぶことはできない。でも当社が大事にしたい、自ら開拓したいのは、中長期で評価する投資家です。
なぜなら当社は持続的な成長を最も大事にしているからです。
投資家とのコミュニケーションは変わってきた手ごたえは感じていますか。
松﨑:当社は海外売上高比率が高い会社です。海外の投資家との対話、ミーティングを年に2回やっています。
従来は証券会社を通じて面談する投資家を決めていました。私が社長になって1年目はそうしました。
でも、少し違うなと。当社のスタンスと合う投資家と、3年で結果を出すという投資家とでは、質問も違います。だからIR部長に対して、次からはターゲットを決めて、中長期の投資家のリストを作ってもらって面談を始めました。
そうは言っても投資家から面談の要望には答えますが、主として自分たちがこうと決めて対話を続けたのは中長期の投資家です。
そういう対話を繰り返していると、投資家の反応が変わってきますか。
松﨑:自分たちがやろうとしていることにどう反応しているかを理解できます。変わるためにM&Aをすると、投資家からどういう判断だったのかを確認されたり、特定の部門を勉強して具体的な質問がきたりします。
私として参考になったのは、中長期スパンですからリスクに強い関心があります。ESG投資は、基本的には長く銘柄を持ちますので、ガバナンスやCSRへの関心が高くなっています。
ESGも元はといえば、リスク管理から来ていると思います。実際、対話をしていると、それぞれの事業に対して投資家から見えるリスクの質問を受ける。それが当社が考えていたものと、それほど気にしていなかったものもあり、参考になりました。
対話が事業の参考になるのですね。持続成長の進捗を測る意味で、参考にしている外部指標はありましたか。
松﨑:外の判断基準でいうと当社はどう位置づけられるのかということでは、ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックスを大事にしてきました。
いい質問をしているなと。時と共に質問内容も変わってきますし、それに当社がどれくらい対応できるのか。グローバルの同業の中でどのような位置づけになるのかと。持続的成長のすべてではないが、それを測る一つのメトリックスになると思いました。
これも実はPDCAを回しているんです。全執行役に対して今回の結果はこうでした。同業の中でどういうポジションになるか。どういうことを聞かれ、このポジションになるのは当社がこういう答え方をするからだとか。となると、この質問に当社が応えられていないと分析する。
いい点を取ることが目的化してはいけない。指標が自分たちがやろうとしている目的に対してうまく合っている目的なのか。これをやれば目的にたどり着くんだという指標でなければならない。もう1つは結果を出すことが目的になっていはいけない。
それを言ったうえで、その中で質問に対してできるものとできないものとを分けます。これは自分たちで判断して、できていないけれども自分たちには必要ないなということは少し置いておく。それはどういう事業活動をやるかによって変わってきますから。
グローバルで持続的成長を掲げている当社としてはやっておかないといけないとか、世の中の関心事が変わっていてそれに当社はまだ対応できていないという認識をしたら、むこう1年で対応できるようにしようと。ここでもPDCAを回しているんです。
例えばどんな改善をしたのでしょうか。
松﨑:例えばガバナンスですかね。当社はいろいろなところで他社より進んでいると言われますが、ダウ・ジョーンズでも始めは良かったのですが、ある所でだんだんと点数が減ってきました。
原因は情報開示なんですね。そこに関する質問が増えてきました。その当時、当社が情報開示しているものは限定的でしたから。
例えば「社会貢献にいくらお金を使っているのかと。それが当社が目指す方向に合っているのかどうか。効果が出ているのか」と質問してきます。そういうことを聞きたいのはもっともでしょう。それに対してきちんと見えるようにしないといけないと判断しました。
日本でコーポレートガバナンス・コードを導入する動きがある前から、当社は開示が大事だなと気づきました。
投資家との対話の中でいち早く気付いたのですね。始めに持続的な成長を掲げた際の社員の反応はいかがですか。
松﨑:環境やCSR担当部門の人たちは、「足腰のしっかりした」「世の中に支持され必要とされる」ということを社長が掲げたんで、活動をしやすくなったのは間違いないです。
こういう活動は事業やっている人からすれば、そんな暇があればもっといい製品作ってくれよ、もっと売ってくれよとなりがちです。だから社長がそれを掲げているとお墨付きになりますので。
慈善活動をやっている訳ではありませんから、基本的にはそうすることが自分たちに返ってくるということです。事業を通じて社会的な貢献をしていくんだということを前面に出しましたから、今の環境中期計画も地球の環境負荷低減と事業の成長の両立を掲げています。それをサプライヤーやお客様も同じことを言ってくれているので、サプライヤーさんの協力も得て、営業活動にもつながっています。
事業部門の方は、どのように説得しましたか。
松﨑:開発部門は新しい事業のネタを考える時にお客様への価値、社会への価値があるのかないのかを念頭に置き、イノベーションのプロセスを作ってくれとお願いしました。
なぜかというと、持続的成長のために何が必要かという1つとして、人が入れ替わってもそこそこの結果がでる仕組みが大事と思いました。
イノベーションは人に依存するものではありますが、会社として人が変わってもある程度続かないといけない。そのためにはイノベーションのプロセスを作らないといけない。
その出発点がお客様、社会への価値なんです。だから今、光学の技術を使ってどっちの分野に振っていくんだ。私は大きく産業用の分野に振っていってくれと言って、具体的に何をやろうかと考えるのが社員です。
お客様の価値、社会の価値を考え、例えば見守りシステムを作りました。介護施設などで看護師がイチイチ夜中にいかなくてもモニタリングできるというシステムです。あるいはセキュリティーのシステムにつながるようなものを作っています。
■コニカミノルタの環境経営度調査
出所:日本経済新聞
日本経済新聞が実施する環境経営度調査の製造業総合の順位。2014年と2015年で連続して1位を獲得している
環境経営でゼロエミッションに取り組む際にも単に埋め立て廃棄物をゼロにするだけではなくて、コストダウン効果があることを当初から意識していたようですね。
松﨑:だから今、中国のサプライヤーさんが付いてきてくれるんですよ。「ウチにも来てくれ」と。
中国で年に1度、メディアと交流会をやっています。その時に環境経営を熱心にやっていることを説明すると、「そんなことをしたら利益がでなくなる」と言われました。
中国のメディアや企業は、政府から環境が重要だと言われていましたが、なかなか踏み込めないでいた訳ですよ。
「いやいやそうじゃない。ちゃんとやってくれればコストダウンになります。逆に言うとコストダウンをやってくれれれば、環境にも良いんですよ」と言って、具体的に示すと中国のサプライヤーも実感として感じ、続けてくれということになります。
今の環境経営はどのような段階にありますか。
松﨑:始めは環境負荷の低い製品を作ることや、工場の環境負荷低減をやりました。
最近はサプライヤーさんにも取り組みを広げています。販売の営業活動に環境のメンバーも同行し、お客様の環境負荷低減をお手伝いすることを提案しています。そういうことをやっていれば、数ある取引先の中で当社を選んでくれるということにつながることがあります。
持続成長を目指すことに総論で反対する人はいないと思います。ただ社会の変化が早く、外部からの短期的な要請が強い中で、貫くのが難しい面があります。持続成長を続けていくうえで、どんなことがポイントになると考えていますか。
松﨑:当社の場合には、創業事業を続けられなくなった経験をしています。今まで通りの事業を続けていられない業界にいます。
そうすると、外の動きと変化に敏感でなければならない。手遅れにならないように早め早めに手を打っていかなければならない。
環境が変わるということを前提に経営をしていくことです。注意しないと変化を感じられない業界であれば、事業の変革は難しいかもしれません。
こんなグラフを並べて説明することがあります。左に世界のカラーフィルムの総需要の年次推移、右側に世界のデジタルカメラの総需要の年次推移があります。
左側には1995年に赤い矢印を入れて、左側には2007年に赤い矢印を入れて説明します。1995年はカシオ計算機さんがデジカメを商品化し、そこから5年でカラーフィルムがピークを迎え、5年で市場が半減し、その最中に当社は撤退しました。
当社を撤退に追い込んだデジタルカメラの市場が右です。2007年は米アップルがスマートフォン「iPhone」を発売した年です。その3年後の2010年にピークを迎え、その3年後に半減しています。ですから今、デジカメメーカーさんは四苦八苦しています。
このようにテクノロジーの進化が事業に及ぼす影響は強烈です。今の時代、数年前まではタクシー業界がITの影響を受けるなんて誰も考えなかったでしょう。どの業界もこれからはテクノロジーの影響を受けると。受けるとすればどんな影響を受けるのかを考えて、会社を変えていく必要があります。
変わってほしくないという意識があると、変わることを受け入れ難いのでしょうね。
松﨑:変わることはエネルギーがいりますからね。今は事業の転換を掲げていますが、主力事業が今まで通り売れる訳ではないですから。
カラーフィルム事業から撤退した時には、それまで複合機や機能材料事業を育てていたので、撤退できた訳です。ですから、それを続けないといけません。
変化が激しいと危機意識を持ちやすいのですが、徐々に市場が変わっていくと気づきにくいですよね。
松﨑:経営経験がある人は、必ずこういう観点で質問しますね。この1年でも取締役会で事業が計画通りにいかなったことを説明すると、「この変化は一時的なのか構造的なのか」と。
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