失敗して死なないかぎり、その分、必ず強くなる
火を噴く実業家 KISSジーン・シモンズのビジネス塾(第2回)
派手なフェイスペイントに、火を噴くパフォーマンス。1970年代初頭にデビュー以来、ヒット曲を連発し、現在に至るまでハードロックの頂点に君臨し続けるロックバンドKISS。その創設メンバーのジーン・シモンズは、アーティストとしてだけでなく、スゴ腕の実業家としても知られている。ブランド・アイデンティティーを熟知し、バンドの象徴であるフェイスペイントをいち早く商標登録して、ビジネス化した先駆者だ。現在までに、ライセンスした商品は、コミック、アクションフィギュア、テレビゲームからコンドーム、棺桶に至るまで5000アイテム以上にのぼる。また、プロのスポーツチーム、レストラン・チェーン、金融ベンチャー、レコードレーベルなどの事業も手がける。そうした経験を踏まえて昨年、これから起業を目指す人たちに向けて書籍『KISSジーン・シモンズのミー・インク~ビジネスでドデカく稼ぐための13の教え』を執筆した。ロサンゼルス・ビバリーヒルズの豪邸に住むジーン・シモンズ氏を訪ねて、インタビューし、実業家としての素顔に迫った。今回のテーマは「失敗とのつきあい方」。
(聞き手は、音楽プロデューサーの田端花子氏)
ジーン・シモンズ ロックバンド、KISSのベーシスト、ボーカリスト。1949年イスラエル・ハイファ生まれ。母親のフローレンスさんはナチスの強制収容所のサバイバー。58年に母親とともに米国に移住。当初英語がまったく話せなかったが、テレビやマンガを通じてマスターしたという。ビートルズにあこがれ、学生時代に音楽活動を開始。70年代初頭、ポール・スタンレーとKISSを結成。シングル、アルバム総売り上げは1 億3000万枚超にのぼり、現在も活動を続けている。実業家としても知られ、キャラクタービジネス、ブランドビジネスの可能性にいち早く気づき、ライセンス商品、権利管理、分配などを自ら担当。音楽関連以外にも数々の事業を手がけている。2016年10月13日~31日ラフォーレミュージアム原宿にて「
KISS EXPO TOKYO 2016 ~地獄の博覧会~」の開催決定。
KISS結成の直前、ポール・スタンレー(編集部注:KISS創設メンバーの一人で、ジーンの盟友)とウィキッド・レスター(Wicked Lester)というバンドを組んでいたが、早々に解散して、KISSを結成しました。早々と見切った理由は何か? そこからどんな教訓を得たのか?
ジーン・シモンズ(以下、ジーン):何をやるにしても失敗はある。どれが失敗かを早く悟り、失敗から学び、即対策を考えアクションに移す必要がある。Wicked Lesterは、レコード会社との契約はあったけど、ポールも私も失敗したと早いうちに認識したんだ。何が失敗か? メンバーと音楽のディレクション。バンド名もそうだ。売れる名前じゃない。ポールと私は、何となくそれに気づいてしまっていた。そしてこれはバンドの根幹にかかわる失敗だった。だからこそ、根本的なところから変えた。つまり解散したんだ。あのままWicked Lesterを続けていたら、シングルヒットの一つや二つは出たかもしれない。でも、KISSほどの成功にはなり得なかった。
KISSも失敗は多かったが、特に初期のころはアルバムが売れなくてとにかく売れるまで作り続けていたけど、KISSのコンセプト自体は間違っていないという直感はあった。だからこそ、KISSは続けられた。バンドにおける失敗で一番学んだことは、失敗を恐れず、失敗を認識し、失敗から学ぶことだよ。
一般にバンドで成功する確率はかなり低い。KISS結成までに、数々の仕事をこなして貯金が2万3000ドルあったそうですが、KISSで失敗したときのことを考えていたのか?
ジーン:失敗したときのための貯金じゃないよ。私は、幼いころから、少しでも収入があったらそれを使い果たさず貯めておく習慣がついていた。自分の生活は自分で守らなければならなかったから、常にいくつかの仕事を持っていたし、万一ひとつの仕事がダメでも収入源が途切れないように工夫していた。そしてKISSを始めたとき、この貯蓄がいかにアーティストに自由を与えてくれるかを痛感した。誰にも指図されず、自分たちの信じる音楽や方向性を貫き大きな博打を打てることは、デビュー間もないアーティストとしては稀なことだと思う。
すべての卵を同じ袋に入れるな
著者『ミー・インク』の中では、「好きな道を進みたいがそこにすべてを賭けるつもりはない。リスク分散せよ」と説いている。起業家にとってのリスク分散の重要性について教えてください。
ジーン:好きな道に進むためにも、リスクを分散する必要がある。どんな仕事においても、人生においても、だ。私のモットーは、『すべての卵を同じ袋に入れるな』。人は必ず失敗する。そこからすぐに立ち直るためにも、リスク分散は重要だ。
『ミー・インク』では失敗の重要性が強調されています。これまでの失敗の経験のなかで、のちに最も役に立ったことはどんなことですか? また、最近の失敗エピソードは?
ジーン:私は、今まで大きな失敗はしていないと思っている。なぜなら、母の教えの通り、生きている限りは最大の負けというものはないから。同時に、日々、失敗の連続だ。もっと言えば、毎日失敗している。一つの成功の裏には、死ぬほどの失敗の屍があるよ。失敗は成功の宝庫だ。私の本でも書いている。それを端的に表すのが、バスケットボール界のスーパースター、マイケル・ジョーダンのこの言葉だ。
「私はキャリアを通して9000回以上のシュートを外した。300試合に敗けた。26回、決まれば試合に勝てる最後のシュートを仲間に託されたが、外してしまった。何度も何度も失敗した。だから成功することができたんだ」
誰でもいつか必ず失敗する。しかし、失敗を重ねるごとに、その分だけ、必ず強くなることができる。
ビジネスマンや起業家は、失敗にどう向き合えばよいのでしょうか?
ジーン:失敗して死なないかぎりは、失敗は人を強くしてくれるのみ。起業家を目指すのであれば、まずは失敗を恐れないことだ。なぜなら、驚くほどの失敗が待ち受けているだろうから。事業に成功した人のほとんどは、成功よりも失敗の方が圧倒的に多い。でも、その一つの成功が失敗をすべてチャラにしてもくれる。だから失敗の事実だけに目を向けるのでなく、そこからの対策に注力したほうがいい。
バンド結成以来、40年の歴史の中で解散の危機が何度もあったと思いますが、それを乗り切る秘訣があったら教えてください。
ジーン:いいパートナーを選ぶことだよ。KISSは、私とポールで始めて、42年間もの間ずっとパートナーとして力を合わせてきた。私は一人っ子だが、彼は兄弟のようなものだよ。長い間一緒に活動していると、それは色々あるさ。でも、根本的にリスペクトがあれば、乗り越えていける。
勘を信じる自分と、それを客観視する自分
著書を拝見していると、ジーンが意思決定をするとき、いつも自分を客観視する別の自分がいるように感じます(一歩引いて冷静な判断を下せる)が、それを意識したことはありますか?
ジーン:それはいい質問だね、その通りだ。常に客観的な自分を持っている。それは、よく調べ、学ぶこと。特に今の時代、リサーチする術はいくらでもある。ある企業のCEOに会ったら、その場であっても彼のことをグーグルしてある程度のことは調べられる。彼の言葉が真実かどうかもすぐわかるだろう。
私は、自分の勘や嗅覚を信じている。それは、闇雲に本能に従うことではない。長年かけて身に付けたリサーチ力や知識があるからこそ、勘も嗅覚も育つ。そういう意味で、嗅覚を大切にする自分と、さらに客観的にそれを見る自分がいるのが理想だ。
そのような能力はどのようにしたら高められるのでしょうか?
ジーン:単純なことだよ。道を渡るとき、左右を確認して渡るだろ? それと同じだよ。子供のときに熱いものに触ったら、次からは気を付けるようになるだろ? 失敗から学ぶ能力さ。失敗が多ければ多いほど、この能力を高めるチャンスがあると思っている。
KISS結成後も、それまでに数々の仕事をこなして蓄えた2万3000ドルの貯金が大いに役に立ったと書籍『ミー・インク』に書かれています。自己資金があったからこそ、外部搾取されない、自前主義を貫くことができ、KISS独自のビジネスモデルを構築できたという面はありますか?
ジーン:もちろん、そこが一番大きい。お金の面だけでなく、すべてにおいて人を頼らず自分で発信することが重要だ。そして、自己資金があると、最も大切なことに全力で集中できる。余計なことに気を取られなくていい。KISSの場合は、自己資金があったからこそ、音楽に集中でき、自分たちの信じた方向にバンドの将来を導くことができた。
『ミー・インク』を読んで、ジーンの「時間」と「お金」の節約の徹底ぶりに驚きました。「自由時間は全部自分の夢のために使え」「休暇を取るな(特に若いうちは)」「(金銭的余裕がないうちは)結婚するな」「家は買うな」「車は買うな」は印象的です。人は好むと好まざるに限らず、常に競争にさらされていて、それに勝ち残るための早道は競争相手よりも長い時間努力すること、という話は合点がいきます。あとはやるかやらないか。わかっていても、ついつい怠けて実行できない人の背中を押す(あるいはケツを叩く)アドバイスが欲しい。
ジーン:残念ながら、ケツを叩かなくてはならない奴は起業家にはなれないよ(笑)。
ジーンの「時間」と「お金」(あるいは勤勉・倹約)に対する考え方は、母親フローレンスさんの影響を強く受けていると思うのですが、母親の生き方からどのようなことを学んだのか?
ジーン:母は、ナチスの強制収容所のサバイバーだ。14歳の時に連行され、目の前で家族全員を殺され、そして奇跡的に生き抜いた。彼女が私に教えてくれたのは、生き抜くことの大切さ。命さえあれば、あとはチャンスをつかめばいいだけ。そして、チャンスは、自分が作りだせばいい。生きてこそ、だ。
だから私は、ロックバンドにいても、ドラッグや酒からも距離を置いて自分の命を大切にしてきた。多くの才能あるアーティストは、ドラッグやアルコールで命を落とすかキャリアをダメにしていたからね。
(次回に続く)
『KISSジーン・シモンズのミー・インク~ビジネスでドデカく稼ぐための13の教え』
(ジーン・シモンズ著、大熊希美/滑川海彦訳、日経BP社、1800円+税)
KISSのジーン・シモンズは、バンドの象徴であるフェイスペイントやロゴをいち早く商標登録し、ビジネス化していった先駆者だ。現在では、コミック、棺、アクションフィギュア、テレビゲームなど5000アイテム以上のライセンス商品が世界中で販売されている。さらに、プロのスポーツチーム、レストラン・チェーン、金融ベンチャー、レコードレーベルなどのビジネスにも乗り出している。イスラエルの極貧の家に生まれ、幼少期、英語をまったく話せない状態で渡米。徒手空拳から成り上がったジーン・シモンズは、生き方、音楽、ビジネス、すべてに関して貪欲だった。だが、単にアグレッシブなだけではなく、将来を見通す冷静さと事業マインドも持ち合わせていた。本書でジーン・シモンズは、野心ある起業家に成功のために必要なツール、そして自分というブランド資産を軸としたビジネスを構築する方法について余すところなく手ほどきする。
Powered by リゾーム?