長門:うん、彼はたまたま不幸にして手法がなかなか老獪だったんです。いろいろ陰謀も巡らす、競争に勝つためには効果的な攻撃をためらわず行うタイプだった。そこに、可愛げの無さがあったんでしょう。昔の野球で言うと、長島巨人を容赦なくやっつける西武の森監督、みたいな感じかな。

 ああ…。

長門:ウォーターゲート事件は、彼が自分の政治力を過信して、大きな問題と思わず、軽い気持ちで「盗聴には関わっていない」とウソをついてしまい、それが致命傷になった。

 この程度のウソ、と思っていた。

「小事こそ慎重に」

長門:ウォール・ストリート・ジャーナルに社説が出たんですよ。ニクソンは大統領として不適格だ。なぜならこんな程度のことでさえ嘘を平気でつく。国家にとってもっと重大な局面でも必ず同じことをするぞ、と。小さな事だから大事なんだとね。

 僕は中山素平(1961~68年に日本興業銀行頭取)さんの「大事は軽く、小事は重く」という言葉を思い出したんだけど、その心は「大きなことは心配ない。みんな真剣に考えるんだ。よってたかって検討するから誰が考えたってだいたい同じような結論になるんだ。でも小事というのはみんな気楽にやって油断して真剣に考えないものだから、そこに実は大きなミスが起こるんだ」と。「小事を重くして大事は軽くやるものなんだ。これがリーダーの心得」とおっしゃっていたんですよ。

 なるほど。

長門:ニクソンは、ウォーターゲート事件を甘く見過ぎちゃって、「彼は嘘つきだ」と、政治家にとって本当に致命的なイメージを付けられてしまった。「すみません、ごめんなさい、知っていました」と、謝っていれば今のような不人気にはならなかったでしょう。ニクソンは、「国にとって政治は大事だ、俺はそのために人生を捧げよう」と、やむにやまれぬものがあって出てきたんだと思うんですよね。だから、盗聴事件が小事に見えてしまったんでしょう。

 ニクソンは、ライバルだったケネディほどスピーチがうまいわけじゃなかったし、名門でもなかったし、ハンサムでもなかったし、これといって取りえは何もないですよね。だけど、この本を読んでも分かるとおり非常にロジカルで、猛烈な勉強家。死ぬ間際にも、1時間の講演会を、原稿なしに相当緻密にしゃべったという。その裏には、彼の本を読むと出てくるんだけど、相当集中してやるので、スピーチの前には飯ものどを通らないという。人に伝える大事な手段だから力を入れる。頑張る。原稿を読むのではなく自分の言葉でしゃべりたいから。

 あんな偉い人が。やはり「指導者」としてそういう思いに駆られるのでしょうか。

失敗経験から見極める

長門:ニューズウィークだったか、タイムだったかな、「この元プレジデントはすごい。引退した後、ああいうスピーチを原稿なしにとうとうとやって、訴えるものがあった。主義主張についてはなかなか、いろいろ議論はあるけれども、立派だった」というコメントを読んだことがあるんですけど、そういう人なんじゃないんですかね。彼は、プラスアルファがない方の指導者で、それを自覚していたんじゃないかと思います。だからその分、熱意や努力を傾けた。

 指導者の天分に恵まれていないからこそ。

長門:ですので、ニクソンは政治家として、国のため国民のため、と、結構ピュアな気持ちでやっていたんじゃないかと思いますけどね。ただ、自分に厳しい分、他人に対しても苛烈なんですよ、方法論が。

 強すぎる横綱、みたいな感じですか。

長門:だからこそ、あれだけの業績を成し遂げた。ラッキーでもあったのでしょうけれど、幸運が訪れるまで砂漠の中で耐えに耐え、ギブアップしないことがやっぱり指導者になれる人の条件じゃないかな。明けない夜はない、じゃなくて、死んでしまえば朝は来ない、だから死んだらダメだ、という。その意味では、トランプ氏がどれほどの修羅場をくぐり抜けたことがあるのかをしっかり調べると、彼の資質も読めるかもしれませんね。

 そういえば、安倍晋三総理がトランプ氏のオフィスに行ったんですよね。

長門:金ピカの部屋でしたねえ。トランプ氏の力量を推し量るにはもうすこし時間がかかりそうですが、『指導者とは』でのニクソンの言葉が、当てはまらないことを祈っています。

政治家、経営者、その他の職業人に共通して言えるのは、器量の小さい人間ほど大きなオフィスを要求することだろう。