あっという間に2月です。年始、年度代わりの度に、企業のトップの方は、いろいろな場所でスピーチをしたり、文章を書く機会があると思うのですが、今回はビジネスパーソンとして「公の場での挨拶や、人に見せる文章がうまくなる本」というテーマでどうでしょうか。

長門:ご存じの通り、私はもともと喋るのが好きですから(笑)、実は、そういう本は気がつくとけっこう読んでいるんです。ではまず、福沢諭吉の『学問のすゝめ』。
えっ、『学問のすゝめ』は、そういうことを書いた本だったのですか?
長門:ええ、『学問のすゝめ』は、とてもプラグマティックな本です。彼はこの本で「栄誉と人望は 努めて求めるべきである」ということを語っています(十七編)。そして、「人望を得る方法は、書き言葉より話し言葉だ」と。しゃべらねばダメだ。沈黙は金ではない。意思疎通を通してこそ、人から信頼される。
人望の定義が現在のそれとは少し違っています。福沢の言う人望は、「生まれた以上は『あの人に頼もう』と言われなかったらつまらないじゃないか」、と言うものです。
「人から頼まれ事をされない人生などつまらない」。実に耳が痛い。
長門:頼られるような人間となるためには、まず、自分の意見を明晰、達意な言葉で言えるようになれ。オープンに感じよく、開かれた人間になれ、と。
そうなると、自分のところに人がやって来るようになる。当然ですが、やってきた人間を好き嫌いするのもいけない。自分の周りにやって来る人とは、医者だろうが駕籠屋だろうが、誰とでも議論する。話すだけではなく、囲碁や将棋をやるのもいい。歌舞音曲もいい。飯を食うのもいい。いろんな人間と他流試合をせよ。
弁論部に入りたかったアイアコッカ
なんだか元気が出ますね。
長門:文章はさすがに時代がかっていますが、読みやすいし、とても現代性がある本だと思います。この本で「明晰な言葉で言え」という言葉を読んで、ぱっと思い出したのがリー・アイアコッカの話です。
何で読まれたか、ご記憶はありますか。

長門:「Iacocca」という本。日本語訳も『アイアコッカ』だったと思います。80年代初頭だったかと。クライスラー立て直して成功した後に、彼の生涯をレビューした本です。そのインタビューの中で彼が「もういちど学生になれるなら、弁論部に入りたい」と言っていたんですよね。
フォード・マスタングをヒットさせ、社長になるもその座を追われ、後にライバルメーカーのクライスラーの再建を成し遂げた人ですね。そんな人が、話すことに苦労なんてないでしょうに。
長門:ええ、米国を代表する大企業の中で、自らの言葉で仲間を鼓舞し、戦略を伝え、チームの意欲をかき立ててきたことでしょう。その彼にして、基本的な弁論を学び直したいと願うのか、と驚いたのです。
無論、テクニックだけで人を説得しきるのは難しいでしょう。でも、伝え方はある程度技術ですから、鍛えることができる。だったら、学生時代からやっていれば良かったな、と思ったんでしょうね。
長門さんご自身もスピーチを、紙を見ないでやるそうですね。日本の経営者の中ではちょっと珍しい。どうやって鍛えたんですか。
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