尖閣諸島の問題から、最近の中国による南シナ海での人工島造成まで日中間の関係改善を阻む壁は多い。日本から見ると中国の最高権力者、習近平は中国をどんな国にしたいのかも疑問だ。習近平は何を考えているのか。今後の日中関係はどうあるべきか。中国政治研究の第一人者である東京大学の高原明生教授に話を聞いた。(聞き手は日経ビジネス、水野孝彦)

2014年から日中関係は改善を始めた

現在の日中関係は日中国交正常化以後の歴史の中で見ると、最悪期にあたるのでしょうか?

<b>高原 明生(たかはら・あきお)氏</b><br><b>東京大学法学部教授</b><br/>1981年東京大学法学部卒業、1983年サセックス大学開発問題研究所修士課程修了、1988年サセックス大学開発問題研究所博士課程修了などを経て、2000年立教大学法学部教授。2005年東京大学法学部教授。専門分野は現代中国の政治、東アジアの国際関係
高原 明生(たかはら・あきお)氏
東京大学法学部教授
1981年東京大学法学部卒業、1983年サセックス大学開発問題研究所修士課程修了、1988年サセックス大学開発問題研究所博士課程修了などを経て、2000年立教大学法学部教授。2005年東京大学法学部教授。専門分野は現代中国の政治、東アジアの国際関係

高原:日中国交正常化以後の日中関係は70年代、80年代は良好でしたが、90年代から下り坂となり、2010年以降からガラガラッと関係が悪化しました。ただ、2014年から関係改善の兆しが見えてきました。理由としては4つあります。

 まず、安全保障の面です。2014年5月、6月と続けざまに日中の軍用機のニアミス事件が起きました。本当に衝突していれば、対立はエスカレートせざるを得ませんから、危機管理のメカニズムを実用化する必要があると中国も理解しました。

 次に中国経済の減速が明らかになる中で、日本との経済的なつながりの大切さを中国の指導層も再認識したということが挙げられます。

 そして3つ目は、国際関係という面では南シナ海での米中の対立などで、米との新型大国関係が滞っています。対米関係悪化の局面で欧州やアジア諸国との関係改善を図るというのが、中国の歴史的なパターンです。いま進めているのは「一帯一路」(「シルクロード経済ベルト」を意味する「一帯」、「21世紀海上シルクロード」を意味する「一路」)という経済圏構想ですね。そうした外交路線の転換の一環として日本との関係改善を図っていると考えられます。

 最後に中国国内政治です。中国にとって対日関係の改善は強いリーダーしか取り組むことができない課題です。反日宣伝キャンペーンのおかげで、日本に理解を示すことは政治的に正しくない行為となっており、容易に政敵の批判を受けるからです。その意味では習近平総書記の力が強まったことで関係改善が進んだと言えます。

 ただし、今後も楽観はできません。経済の減速が進めば、ナショナリズムで中国共産党や国民をまとめようとする可能性があり、東シナ海の尖閣諸島近海に送り込んでくる船を増やすなどの形で、日中の対立をあおる可能性も否定できません。社会が動揺している時期は、どこの国の世論も揮発性が高く、中国もそれにあたります。不必要な摩擦が生じることを避けるよう、日中両国の要人は言動に注意すべきでしょう。

 日本と中国のお互いに対する認識ギャップは大きく、日本人は最近の日中の緊張関係を全部、中国が悪いと考えていますが、中国人はみんな日本が悪いと思っています。こうしたギャップを縮める努力が必要です。

中国の世論は、中国共産党や官製メディアにコントロールされているのではないのですか。

高原:中国共産党が国を導くという基本原則があり、官製メディアの世論へのリーダーシップも強いです。ただ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)にも世論を動かす力はあり、だからこそ、共産党はインターネットの管理に力を入れているのです。お互いの相互作用で中国全体の世論と言いますか、「社会の雰囲気」が形成されています。

 実際のところ、中国の政治家はSNS上の世論をかなり気にしています。地方の幹部がニュースに出ていたときに高級時計をしていたといった書き込みで、本当に失脚することもあるほどです。もちろん、中央のトップについての批判やパナマ文書関連は厳しく検閲されているので、その限りではありません。

習近平にとって大切なのは中国共産党の支配が続くこと
習近平にとって大切なのは中国共産党の支配が続くこと

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