インバウンドより凄い「越境EC」って何?
ルイスマーケティング 取締役COO 菊池尚氏に聞く
中国人旅行客の「爆買い」で注目されるようになったインバウンド需要。国内景気が停滞するなかで、流通・小売り業者にとって業績を支える数少ない追い風となっている。しかし、そのインバウンド需要よりも、既に大きなマーケットに成長しているとして注目されているのが「越境EC」だ。
日本企業はそのチャンスをどう生かすべきか。日本企業向けに中国進出や中国人向けのマーケティング支援を展開する中国系のマーケティング会社、ルイスマーケティング(東京都港区)の取締役COO、菊池 尚氏に聞いた(聞き手は日経ビジネス、水野孝彦)
越境ECの市場規模は6064億円
まず、「越境EC」とは何かを教えてください。
菊池 尚氏(以下、菊池):中国人消費者がインターネットを通じて海外製の商品を購入し、その商品が国外から配送されているものが「越境EC」と呼ばれています。
経済産業省の統計では2014年に中国人が日本から越境ECを通じて購入した商品の金額は合計で6064億円。同じ2014年の中国人によるインバウンドでの購入金額は4020億円ですから、既にインバウンドを上回る規模になっています。
ルイスマーケティング取締役COO
菊池 尚 氏
中国遼寧省出身で、日本に帰化。明治大学政治経済学部卒。中国人民大学交換留学生。日本の大手システム会社、中国にある日系の電子商取引運営会社を経て、自社データベースを活用した販促支援を提案する上海ルイスマーケティングの日本事業部長に。同社が15年に日本に設立し、中国市場および中国人向けに日本企業のマーケティング支援を行う、ルイスマーケティング 取締役COOに就任。
インバウンドも越境ECも元々、存在していたものですが最近、急拡大したため注目されるようになりました。その契機となったのは、中国最大の企業間電子商取引(BtoB)の会社、アリババ・グループが14年に消費者向けの電子商取引(BtoC)のモール「天猫国際」を開設したことです。
この「天猫国際」に健康関連商品の通販サイト、ケンコーコムや関西を中心にドラッグストアを展開するキリン堂がいち早く出店し、大きな成果を上げました。同じくいくつかの小売企業が「天猫国際」に出店し、好調な業績だと聞いています。
「天猫国際」の成功もあり、越境ECサイトには現在、中国系企業の新規参入が相次いでおり、自社サイトや携帯電話向けのアプリを立ち上げるケースが目立ちます。その中で、日系の商品を扱うアプリとして知られるのは「Bolome」です。「越境EC」への出店に熱心なのは、主に小売り系の企業で、メーカーの参入はまだ一部です。
しかし、越境ECサイトに商品を卸す形で売り上げに貢献しているケースも少なくありません。中国人の商品購入パターンは特定の商品に極端に集中する傾向があり、化粧品、医薬品、トイレタリーの分野では商品によっては、3割から半分以上を中国人が買っているというケースもあるほどです。
中国には1800万人もの並行輸入業者がいる!?
なぜ越境ECが、これほど伸びているのでしょうか?
菊池:まず何と言っても、中国の消費者が海外の製品の品質を、私から見ると過剰なまでに信頼していることです。
まず海外旅行時の商品購入。日本でいうところのインバウンドの増加が要因です。一度買って気に入ったものはまた買いたくなるのが当然ですから、それが越境ECの増加へとつながっています。
さらに、政府の後押しという側面もあります。背景として、海外旅行者や個人のバイヤーが海外で買い付けた商品を中国国内で転売するケースが増える中で、政府はそうした輸入品からしっかりと関税を徴収したいと考えています。
実は、中国には1800万人もの「ソーシャルバイヤー」と呼ばれる、並行輸入を手掛ける人々がいると言われており、日本だけではなく世界中から商品を買い付けています。 日本人から考えると中国では1800万人もの人が並行輸入を手掛けているとは信じられない話かもしれませんが、その多くがアルバイト感覚でやっています。
留学生が友人と2人で年間1億円分の商品を買い付けて、日本から中国に送っているといった話や、規模が大きくなると倉庫を用意して買い付けた商品を一時的に保管しているといった話もあるほどでです。そして、アリババグループの消費者同士の取引(CtoC)サイト、「淘宝網(タオバオ)」などで輸入した商品を売っています。
本当はそうした「ソーシャルバイヤー」からも、しっかりと関税を徴収したいのですが、広大な中国大陸全域で個人の輸入を正確に把握し、適切な関税を課すのは人手・手続きスピードの両面で現実的には難しい。そこで、中国国内に「保税区」という地域を作り、その地域を通る輸入品には通関システムを整備することで、スピーディーに適切な関税を課せるような体制を整えています。
商品を保税区を通して中国国内に輸入することに越境ECサイト側も協力しており、その代わりに輸入にかかる手続きなどを簡素化。中国国内での販売をし易くすることで、越境ECサイトを優遇し、ある意味では保護しているというわけです。
表 3つの購買ルートから試算した中国人の日本からの購買額(2014年)
※1(並行輸入業者による購買)…並行輸入業者による購買額6000億円のうち左に記した2つの項目との重複が含まれる為、半分の3000億円にて試算。
※2(年間小売総額に占める比率)…経済産業省 平成21年度版 我が国の商業内の化粧品、飲料、菓子、飲食料品、医薬品、電気機器、婦人服・紳士服・子ども服、身の回り品、家庭用品、その他の医療、家庭用電気機械器具、酒、たばこ、料理品、趣味・スポーツ用品等の小売総額より試算
(出所)ルイスマーケティング
なお、「ソーシャルバイヤー」が日本で買い付ける商品の金額も急増中で、私たちが各種の統計類から試算した推計値(表)では、2014年の「ソーシャルバイヤー」による買い付け額は3000億円。加えて越境ECのにおける購入額は6064億円、インバウンドの購入額が4020億円ですから、トータルで1兆3084億円に達しています。この金額については、私たちの予測では、2015年に2兆円を超えたと見ています。
日本企業は2年先を見据えた戦略を
インバウンド、越境EC、ソーシャルバイヤーと日本側から見ると様々な販売チャンネルがあると思いますが、もっと中国の方々に自社製品を買ってもらうために日本企業は何をすべきでしょうか。
菊池:まず、インバウンドで評価され、その結果、越境ECサイトやソーシャルバイヤーに興味をもってもらい、自社製品を仕入れてもらう。さらに知名度が上ったら、「天猫国際」に旗艦店を出店するというのが低リスクで理想的です。
中国人から青汁を爆買いされている山本漢方がその典型例といえるでしょう。ただし、越境ECのピークは2年後くらいに訪れ、売り上げは減りはしないでしょうが、急成長は止まると思っています。
現在、中国人に日本製の商品がよく売れているのは、中国人が海外製の商品の品質を過剰に信頼しているためです。なかには国産の商品は全く信頼せず、海外製品ばかり使いたがる人もいるほどです。しかし、こうした極端な風潮はあと2年もすれば収まると思っています。
実際、「海外製品には品質の高いものが多いかもしれないが、中国にもそれに負けない品質の製品はある。中国製品だから品質が悪いと決めつけるのはおかしい」という冷静な意見が中国国内のマスコミや消費者の間にも目立ち始めました。
また、現在の中国では化粧品や健康食品の販売許可の取得にかなりの時間を要し、日本企業が現地に拠点を作って販売しにくいという側面もあるのですが、今後は規制緩和も予想されます。日本で売るのではなく、直接、中国で販売しやすくなるとも考えています。その結果、インバウンドや越境ECの重要性も相対的に低下するのではないでしょうか。
ただし、中国で日本の製品が売れるかどうかは、中国人の間での認知度次第という側面があります。そして、中国人に知ってもらうにはまず、インバウンドや越境ECで知ってもらうことが重要です。そうした視点から、長期的な自社製品のプロモーションをすべきではないかと思います。
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