固定相場制が採用される場合、人民元が割高だと判断される局面では、投資家が人民元を売りますから、これによって生じる人民元の下落圧力をかわすために、当局はドルを売って人民元を買い支えなければなりません。その結果、ベースマネー(現金+金融機関が中央銀行に預けている当座預金の合計)が市場から買い戻される人民元の分だけ縮小します。逆に人民元が上昇圧力にさらされる局面では、当局によるドル買い・人民元売り介入は、ベースマネーの拡大をもたらします。為替介入とベースマネーのリンクを断ち切るには、当局が原則として為替介入をしない完全な変動相場制へ移行するしかありません。

 固定相場制から変動相場制への移行は、自国通貨が緩やかな上昇基調にある時に実施することが望ましいとされていますから、中国政府は将来のそうしたタイミングで変動相場制への移行に踏み切るべきだと思います。

中国の経済成長率が以前に比べて落ち込み、海外からは先行きを不安視されています。なぜ、2008年のリーマンショック後のような大規模な経済テコ入れ策に取り組まないのでしょうか?

大規模経済対策が不要な理由

:中国の実質GDP(国内総生産)成長率は1979年から2010年までを平均すると年率10%に達しました。それに対して2011年以降の平均は7.8%、2015年に限れば6.9%と、成長率は大きく落ち込んでいます。

 私は成長率の低下が需要不足、つまり景気の悪化によるものではなく、労働力不足など、供給側の制約による潜在成長率の低下によるものであると考えています。

 中国では、長い間、労働力過剰であると言われてきましたが、ここにきて労働力不足に転じた理由は大きく分けて2つあります。1つは1980年代初頭に実施した「一人っ子政策」のツケで少子高齢化が進み、15歳から59歳の層が減っていることです。そしてもう1つ、よく1億5千万人に上ると言われていた農村部における余剰労働力が工業化と都市化によってほぼ完全に吸収され、中国はいわゆる「ルイス転換点」を通過したことです。

 実際、中国都市部の有効求人倍率は2008年のリーマンショックを受けて一時大幅に落ち込みましたが、その後上昇傾向をたどり、現在も高水準を維持しています(図1参照)。完全雇用がほぼ達成され、実際の成長率も潜在成長率に見合っているという意味で、中国の景気は決して悪くありません。

図1 経済成長率と都市部の求人倍率の推移
図1 経済成長率と都市部の求人倍率の推移
(注)中国の都市部の求人倍率は、約100都市の公共就業サービス機構に登録されている求人数/求職者数によって計算される。
(出所)中国国家統計局、人力資源・社会保障部の統計より野村資本市場研究所作成
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 したがって、今の中国は、経済対策で需要を喚起してまでテコ入れをする必要はなく、潜在成長率を高める「供給側改革」の方が必要な状況です。それは中国政府も分かっているので、リーマンショック後のような大規模な経済テコ入れ策が実施されないというわけです。

 なお、潜在成長率は「労働投入量」「資本投入量」「全要素生産性(TFP)」の3つの要素の寄与度に分解できますが、先述の労働市場の変化を反映して「労働投入量」の寄与度がマイナスになり、高齢化に伴って貯蓄率が低下することで「資本投入量」の寄与度も下がっています。こうした中で、潜在成長率の低下に歯止めをかけるために、全要素生産性を高めていかなければなりません。

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