「井深さんはAIBOのデモを楽しみにしていた」

土井:あの時、私は米国出張の最終日で、米サンフランシスコ国際空港にいたんだ。

 空港内を歩いていると一瞬、井深さんの顔がはっきりと浮かんだんだよ。笑っているように思えた。時計を見たら、午前11時半だったのを覚えている。

 珍しいことだから、何でこんなことが起こったのかなとアレコレ思案していて、あることを思いだして、「あっ」って思った。その米国出張の1年くらい前に、私はAIBOの開発をしていたんだけど、病気だった井深さんがAIBOの試作機のデモを見学に来られたことがあったんだ。

 だけど、その日は体調が良くなくて、デモを見ないで帰ってしまったんだ。そんな病身の状態なのに、わざわざデモを見に来ようと思ってくれたんだから、井深さんはものすごくAIBOに期待していてくれたんだと思う。

 今思えば、その後、私が井深さんのところへAIBOの試作機を持って行って、デモを見せることだってできたはず。なのに、忙しさにかまけて、その頃の私はそんなことを思いつかなかった。

 サンフランシスコ空港で飛行機に搭乗する頃には「これは虫の知らせってやつだな。井深さんがAIBOのデモを見たがっているのかもしれない。日本に戻ったらすぐに井深さんに電話をして、デモを見せに行く日取りを決めてしまおう」と考えていたんだよ。

 だけどその後、成田空港に到着した私を待っていたのは予想もしていなかった出来事だった。井深さんが亡くなったという知らせだったんだ。

 「伝言があります」と言われて、空港に迎えに来てくれたハイヤーの運転手から封筒を渡されてね。開くと、井深さんが亡くなられたという通知が入っていたんだ。12月19日の午前3時38分に逝去された、と書かれていた。

 亡くなった時間を見て愕然としたよ。

 日本と米西海岸の時差を換算すると、サンフランシスコ空港で井深さんの顔が思い浮かんだのは、亡くなる8分前だったってことだ。

 「あんなにAIBOのデモを楽しみにしてくれていたのに、ついにお見せすることができなくて申し訳ございません」という後悔と、「最期にわざわざ私にまで挨拶をしにきてくれて、ありがとうございます」という感謝の思いが同時に沸いてきてね。

 成田空港からの道すがらはずっと泣きっぱなし。私がソニーに入社して以来、井深さんと交わした数々の会話や、そのシーンが次々と頭に浮かんできてね。

 これが井深さんとの、最後の思い出だな。

(終)

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