創業期に根付いたエンジニア至上主義

創業期のソニーが抱えていた病理、とは何でしょう。

土井:研究開発至上主義になりがちだった、ということだよ。営業やスタッフ部門などの他の職種に比べると、エンジニアが過度に大事にされすぎていたのではないかな。

 全エンジニアではないが、ある程度の才能を持ったエンジニアは、優遇されすぎるほどに優遇された時代だった。ソニーを離れて冷静に、会社組織として公平に見ると、エンジニアの優遇度合には歪みがあったかもしれない。いろいろ開発させてもらった私自身も、最も優遇された開発エンジニアの一人だったと思うから、ソニー時代の自分はそんなことに気が付かなかったけど…。

 分かりやすい例を出すと、大曽根(幸三、ソニー副社長などを歴任。初代ウォークマンの開発を主導した技術者)さんなどは、営業や管理部門は一番下の身分だ、という考え方だったよね。大曽根さんはモノ作りにこだわりがあったから、メーカーで最も重要なのはエンジニアだと考えていた。営業を下に見ているようだったし、管理部門の人材はさらに下に見ているように思えた。数字を管理しているだけだ、という理由でね。

 今思うと、そういう雰囲気が全体的に、ソニーの社内にあったんだ。

 例えば営業の担当者から「量販店の社長と会ってくれ」と頼まれても、大曽根さんは会わなかったこともあった。それは大曽根さんが「頭を下げて売らなきゃいけないようなやましいものを、俺は作っていない」と思っていたからだ。営業しなくても売れるものを作っている、とね。

 誰にも頭を下げないという高飛車な考えではなく、メリハリを付けていたわけだ。大曽根さんは部品メーカーには足しげく通って頭を下げて接していたからね。けれどその半面、営業や管理部門には冷たかった。ソニーの社内全体でもそんな雰囲気が実際にあったんだ。

 井深さんはそういったことはなくて、技術者も営業もみんな平等に接していた。技術系人材の方が、技術談義が好きな井深さんと接する機会が多かったのは事実だけれど、技術者が上という意識を感じさせたことはなかったな。井深さんは、それはそれは仁徳のある人だったからね。

 過度にエンジニアが優遇され過ぎたのは、その後の時代だね。この傾向は、盛田さんが営業を担当し、技術者ではない大賀(典雄、元ソニー社長)さんがトップになって少しは薄らいだ時期はあったけど、しぶとく残っていたと思う。

「出井さんは劣等感を植え付けられた」

出井さんは、営業をやっていましたよね…。

土井:そういう環境の中で出井さんは仕事をしてきた。エンジニアの言うことが何よりも優先されて、何でも要望が通っていた時代だよ。

 出井さんは欧州での営業経験が長いし、そういう環境のソニーで虐げられてきて、忸怩たる思いを持っていたのかもしれない。エンジニアから「技術が分からない」と陰口を叩かれて、劣等感を募らせていったのかもしれない。

 それが社長に選ばれ、経営トップになった途端、今までの劣等感が大きく作用してしまったのではないかな。優れた経営者として賞をもらったりしてメディアでまつり上げられて、劣等感が優越感に変わっていった。心理学的に見ると劣等感と優越感は同じだからね。

 社長になった後の会議でよく見るようになった、「何をやってるんだお前ら、新しい時代のソニーはこうだ」という出井さんの発言や態度には、そういう思いが透けていたのではないか。かつてのソニーには、技術系人材が、営業を小ばかにしていた雰囲気があった。これが出井さんに劣等感を植えつけて、そもそもの迷走の原点になった可能性がある。だから、技術系人材が営業を下に見る雰囲気は、ソニー創業期の病理だったと思うんだ。

 ソニーにいた頃は、そんなことは考えもしなかったよ。だけどリタイアして、自分の技術者としてのバックグラウンドを生かしつつ、創業期のソニーの経営を分析して「フロー経営」を伝える経営塾を開き始めてから10年くらい経過した頃に気が付いたんだ。

 黄金期でもあり、勢いよく伸びた創業期のソニーにも、実は病理があったんだ、とね。いくらモノ作りが重要なメーカーとはいえ、エンジニアの過度な重視は組織的には少しおかしいし、偏っていたってことだ。