管理が行き過ぎると組織は指示通りに動かなくなる

フロー経営を学んだ岡田さんはどのような指導をしたのですか。

土井:岡田さんが日本代表チームにフロー経営を根付かせるためにやったことの一つが、「つぶやき作戦」だ。

 例えば、子どもに「勉強しなさい」と指示すると、逆に勉強しなくなるという現象がNLP(神経言語プログラミング)と呼ばれる心理療法では明らかになっている。

 これは「勉強しなさい」というメッセージが、脳内の大脳新皮質と呼ばれる部分に入ってしまうからだよ。ところが人間の行動は、大脳新皮質とは異なる“古い脳”と呼ばれる部分がつかさどっているので、そのメッセージがそのまま実行されることはない。

 「勉強しなさい」という言い方には、「あなたは勉強していない人だね」いう隠されたメッセージも含まれている。この隠されたメッセージの方が古い脳に直接入ってしまうから、余計行動につながらないし、こう言われた人は無自覚のうちに勉強しなくなるというメカニズムなんだ。

 つまり「指示・命令」が中心となる管理型マネジメントが行き過ぎると、無自覚のうちに指示通りに動かなくなり、組織やチームの勢いが弱くなるのはこの原理によると考えられている。

 岡田さんは「シンプルにボールをつなげ」ということを基本方針にしていたよね。その指示を徹底していると、いつしか選手たちは自分の前が空いていてもパスを出すようになってしまったんだな。

 それをどう変えていくか。基本方針としては「シンプルにボールをつなげ」だけど、前が空いているような場合は、「ドリブルができる時はドリブルをしろ」という行動も臨機応変に選手にはとってほしい。

 ただ、「ドリブルができる時はドリブルをしろ」と選手に言ってしまうと指示・命令になるし、そのメッセージが大脳新皮質に入るとすぐには、その通りに動けない。

 そこで岡田さんは「つぶやき作戦」に出た。チームで試合や練習のビデオを見て議論をする際に、ある選手が、自分の前が空いている状況で優れたドリブルを始めたとする。これを見て「いいドリブルだなぁ」と選手たちの前で、さりげなくつぶやくんだ。

 こうしたつぶやきは、指示・命令と違って大脳新皮質で解釈されずに、直接、古い脳に入る。これを聞いた選手たちは同じような状況に直面したら本能的にドリブルをするようになる。

 このような監督のつぶやきを聞いていくことで、選手たちは自主的に判断して動くようになっていった。これは「フロー経営」の極意の一つだよ。岡田さんが率いた2010年のW杯南アフリカ大会での日本代表チームは、ベスト16にまで進む躍進をみせた。

 白石教授が指導していた頃のプロ野球の日本ハム、岡田さんが率いたサッカーの日本代表は、ソニー創業期のようなフロー経営で実績を出したということだよ。

 平井(一夫、現ソニー社長兼CEO)さんには、フロー経営について書いた私の著作をいくつか贈ったけどね。どこかでソニーは目覚めてくれるかなと期待はしているよ。繰り返しになるけど、トップ自ら気が付かないと、組織はフロー経営に戻らないからね。

 そして、そこへ戻るには、かなりの時間がかかるんだ。

(5回目に続く)