「自分はやれるべきことはやった」

今から振り返って、レポートを書くことのほかに、ソニーの迷走を食い止める手立てがあったと思いますか。

土井:その頃、僕はAIBOやQRIOの開発という現場から離れて、すでに一定の時間が経過していた。いずれソニー役員からも退いて新しい研究所に行くことも決まっていた。チクセントミハイとの議論を踏まえて、ソニー凋落の分析につながるレポートを経営陣に送ったし、「当時の自分はやれるべきことはやった」という思いだよ。

 大賀さんが僕のレポートを読んで評価してくれたから、おそらく大賀さんも当時の経営陣にこのレポートの重要性を説いて、理解するように動いてくれたと思う。

 だけど何も変わらなかった。当時の経営トップを中心に、権限を持っていた人たちがそんな状態だったから、ソニーがおかしくなっていくことはもう誰にも止められなかった。

 その時期から大賀さんと出井さんの仲も目に見えて悪化していったよね。あの大賀さんが自ら動いてもソニーの経営を軌道修正できる状況ではなかった、ということなんだろうね。だから僕が当時、どんなに声高に主張してもソニーの凋落を食い止めることなんて土台、無理だったと思うんだ。

サッカー日本代表と創業時のソニーの共通点

土井さんが開催している経営塾では、フロー経営を中小・中堅企業などの経営者に教えているそうですね。ソニーの変調を内部で見てきた経験も生かされた講義なのだと思いますが、どのような実績を上げているのでしょうか。

土井:私の経営塾「天外塾」は中小や中堅企業の経営者だけでなく、スポーツ分野の指導者の参加も少なくないんだ。フロー経営について書いた『運命の法則』という私の著作は、プロ野球チームの日本ハムファイターズが躍進する直前に指導にあたった福島大学の白石豊教授が大量に購入して、チームに配ってくれた。

 天外塾は2005年から始めたんだけど、2007年には白石教授と、サッカー日本代表の監督を務めた岡田武史さんが来てくれた。岡田さんが当時言っていたのは、「日本代表のサッカーはレベルが飛躍的に高くなったが、基本的には選手を管理する『管理型』でやってきた」と。だが欧州や南米といった世界のサッカー大国と伍していくなら、「これではダメだ」と認識したそうだ。

 天外塾でフロー経営の講義を聞いた後、岡田さんはサッカー日本代表の監督になった。そこでフロー経営を日本代表チームに適用したんだ。フロー経営は任せる経営。これをサッカーチームに適用して、選手に自主性を持たせて任せるようにしたんだ。

 ただ、管理型から自主性重視型への移行には時間がかかったようだね。2010年の春まで日本代表チームは低迷し、マスコミに叩かれていたから。

 私と、日本ハムの指導をした白石教授が、岡田さんにフロー経営のアドバイスをしていたことも公になっていたので、私もその頃はマスコミに叩かれたよね。それでも岡田さんは、ぶれずに時間をかけてフロー経営をチームに定着させていった。チームにいちいち細かく指示を出さなくても、自主的にピッチ上で選手が動くように、とね。

 監督の指示通りに選手が動くようなチームは、彼はもう嫌だったんだ。基本方針や戦略は監督が示すけれど、ピッチ上では臨機応変に選手が戦術を考えて実践できるチームの方がさらに強くなる。岡田さんはそう確信していたんだ。

 これはまさに、現場のエンジニアが“混沌の中の秩序”の元に自由闊達に研究開発をしていた創業期のソニーそのものだよ。