面会した時、チクセントミハイ氏は何と言ったのでしょう。

土井:自分の実体験を元にした仮説で足りないのは、「フローの状態に入るとなぜか運も良くなる」ということのお墨付き。だからフローの概念を唱えた張本人のチクセントミハイに、ランチを食べながら、そう言わせて自分の仮説を立証したかったんだ。

 「てんぷらが食べたい」とチクセントミハイが言っていたから、要望通り、モントレーという場所にある日本料理屋で話をしたんだ。だけどなかなかそのコメントを言ってくれない。「学者なので、合理的でないことは言えない」と慎重に言葉を選んでいた。

 僕も粘ったよ。NEWSやAIBOの開発時などの話をしてね。毎回、仕事に集中して「フロー」の状態になると、絶妙なタイミングでスイッチが入って、普通のエンジニアがスーパーエンジニアになり、アイデアが湯水のように沸いて出てくる体験を何度もしたんだ、とね。

 で、そういうフローの状態に入ると、なぜか「運も良くなった」と僕は主張した。例えばそのプロジェクトに必要な人材にピッタリのタイミングで出会えたり、新製品を作るためにどうしても必要だった部品が絶妙のタイミングで発売になったり、とかね。プロジェクトに没頭して集中し始めると、運もよくなった体験を何度も僕はしたから。

 だから、チクセントミハイに「あなたの言うフローな状態に入ると、運も良くなるという不思議なことが起こる。これもフローの特徴ではないか」と繰り返し聞いたんだ。

 でも彼も頑固でね、決して「そうだ」とは言ってくれない。「確かにフローな状態になると人間のマインドがオープンになる。だから運が良くなったと感じるのかもしれない。だけど私は学者なので合理的なことしか話せない。そんなことを学者が言ったら、学者生命が終わる」とか、つまらないジョークも交えて、そんなコメントを繰り返すだけ。

 もうね、残念過ぎて一緒に食べていたてんぷらがまずく感じるほどだったよ。ところが、だ。

 僕が「望むコメントは言ってもらえないな」とあきらめかけていた時に、彼が突然、非合理なことを言い始めたんだ。あれほど「学者だから合理的なことしか言えない」と繰り返していたのに。

「自由闊達」が組織に活力を生む

「非合理なこと」とは。

土井:「今日ここであなたとお会いするのは“共時性”を感じる」と言い出したんだ。共時性というのは、虫の知らせとか、偶然の一致みたいな出来事だよ。

 例えばある時、ふと顔を思い浮かべた人から電話がかかってきたり。そういう奇妙な偶然の一致を、深層心理学者のユング(カール・グスタフ・ユング、スイスの心理学者)は「共時性(シンクロニシティ)」と名付けた。

 これは実に合理的ではない話だよね。「『合理的でないことは言えない』とか言うあなたがなぜ、そんなことが言えるのか」と僕は突っ込みたかったが、ぐっとこらえて話を聞いたよ。

 説明を聞いて納得したんだけど、彼が共時性と言ったのはこういうことだった。

 ランチの後に彼がカンファレンスで講演する予定だったんだけど、プレゼンの最初のパワーポイントの資料が、ソニーの設立趣意書の話で始まる予定だったんだ。その直前に、ソニーの役員をしていた僕とランチを食べたことを、彼は共時性だと感じたらしい。

 具体的には、「真面目なる技術者の技能を最高度に発揮せしむべき、自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」という、あまりにも有名なソニーの設立趣意書。これが英語に訳されて、チクセントミハイの講演の最初のパワポに書かれていたんだ。

 そしてチクセントミハイは、「これがフロー状態に入り組織に活力を生む経営のコツだ」と僕の目の前で言ったんだ。ソニーの設立趣意書にある「自由闊達」であることがね。

 愕然としたよ。