「出井さんをカウンセリングできないか」

土井:あの頃のソニーの社内がどれだけおかしくなっていたのかを象徴するのは、心理カウンセリングの話かな。

 ソニーショックは2003年4月。その2年前に、ソニー人事部に所属していた心理カウンセラーが僕のところへ相談に来たんだよ。僕はユング(カール・グスタフ・ユング、スイスの心理学者)の話を本に書いていたからね。

 その時彼女は、「ソニー社内でうつ病の社員がものすごい勢いで増えていて、大変なことになっている」と言ったわけだ。従来のソニーには全く不慣れな合理主義経営を急速に取り入れたもんだから、2001年頃から急速にうつ病社員が増えたんだ。

 彼女の分析では、社員にうつ病が増えているのは、「出井さんの圧力が強すぎるからではないか」ということだった。震源地はそこなので、うつ病になった社員や、なりそうな社員のカウンセリングを個別にしていても解決にはつながらない。だから出井さんをカウンセリングして、社内の雰囲気を変えられないか、という相談だったんだ。

 さすがに、売上高数兆円規模の企業の経営トップを、心理カウンセリングするというのも異常な話だよね。だからユング派の心理学者で、当時の文化庁長官だった河合隼雄さんと出井さんを対談をさせて、その対談を通じて心理カウンセリングできないかという話になったんだ。

 ソニー人事部にいた心理カウンセラーが河合さんの弟子だったから、そういう案が出たわけだ。だけど結局、対談は実現しなかった。最終的には河合さんの講演会という体裁にして、出井さんにもそこに来てもらう形にしたけれど、ほとんど意味はなかったな。

 その後、そのカウンセラーの尽力で、事業部長など幹部向けの、うつ病対策の心理カウンセリング制度がソニーにできた。だけど社員にうつ病を生み出す震源と考えられた出井さんの心理カウンセリングは実現せず、根本的な解決にはつながらなかった。

 出井さんから発せられる「俺の言うことを聞け」というプレッシャーが、部下にはものすごかったんだと思う。でも経営トップの言う通りにしても、実際のビジネスがうまくいかないというジレンマが出てきていた。そういう状況で、重い責任を抱える人が次々にうつ病になっていってしまったんだろうね。

 出井さんがそういう圧力を部下にかけていた根源には、きっといろいろな劣等感があったんだと推察するよ。葛藤の中で、いろいろ牛耳ろうと部下にプレッシャーをかけてしまったんだろう。こういう自己顕示欲は、心理学的には劣等感の裏返しなんだよね。自己顕示欲を緩和するようなカウンセリングが出井さんには必要だったんだと思うよ。