「出井さんが軽視した、将来有望のバッテリー事業」
大曽根:ヘリで追浜の工場に到着したら、そこにテストコースもあってさ。試作された電気自動車が走っているわけ。エンジンの音が全くしなくて、すごく静かなのに、スーっていう感じで結構なスピードが出ていた。
大賀さんは乗り物が大好きだから、自分でも電気自動車を運転させてもらって、「これはすごいな」なんて言って、はしゃいでいたよ。

何が言いたいかというと、当時からソニーには、電気自動車用のバッテリーを作れる最先端の技術があったということなんだ。けれど出井(伸之、ソニーの社長や会長兼CEOなどを歴任)さんがトップになってから、「自動車会社の下請けなんてダメだ」と言い出して有望だった電気自動車向けのバッテリー開発を重視しなくなったんだ。
電気自動車におけるバッテリーは、もうクルマの性能を大きく左右する中核技術だからね。電気自動車の時代が到来したら、それは下請けかどうかとか、そんなことにこだわっている場合ではないような重要な技術なんだよ。
当時も当然、ガソリン車が主流だったけれど、将来的には電気自動車が徐々に出てくるし、省エネが意識されれば電気自動車が主流になるかもしれない。そこで必要となる中核技術はモーターを回すためのバッテリーだよ。だから下請けじゃなくて、電気自動車の中核技術を作るってことなんだ。これがないと電気自動車が動かないんだからさ。そういうことが、出井さんには全く見えなかったんだろね。
一方で、このトレンドを見抜いたパナソニックは米テスラモーターズと組んで、電気自動車用のバッテリー事業を大規模にやり始めた。技術を持っていたのに、なんでソニーがこれをやってないのか、忸怩たる思いがあるよ。
あの時、追浜の工場に大賀さんと一緒にバッテリーを運んだ当事者であるだけに、もったいないったらありゃしない。日産みたいな大手の自動車メーカーから、ソニーにお声がかかっていたんだから。今ではそんな状況、到底考えられないでしょ。
「電池が火を噴いても挑戦しろ」
既に当時のソニーには、電気自動車用のバッテリー開発で、実用化のメドがあったということなのですか。
大曽根:もちろん、まだ本格的な実用化なんて全く見えていない時期だよ。だから、電池から煙が出るとかの不具合もあったよ。なにせ、今から20年以上も前の話だからね(笑)。
でも大賀さんは言っていたの。「教科書がないんだから仕方がない。ソニーが新しい教科書を作っているんだから、何が起こるかも、何をしたら失敗するかも分からないよ。だから細心の注意を払いつつ、いろいろ挑戦しようよ」ってね。
「煙が出るだけじゃなく、電池が火を噴いても、ちゃんと保険をかけてあるから安心して、どんどん挑戦をしろ」と発破をかけられてたよ。経営トップからそう言われたら、現場は盛り上がるよね。
そのくらい将来性のあるバッテリー事業なのに、この10年で有望なエンジニアがどんどん辞めてしまった。
「リストラを繰り返してソニーは弱り切った」
大曽根:10年以上も続いたリストラに次ぐリストラで、ソニーを去った人は約7~8万人。開発や設計、技術、営業など、幅広い職種で、優秀な人材がいなくなった。リストラすると、どうしても能力のある人から先にやめていくのが致命的だよね。
一時的に人件費が下がってコスト削減できるから業績は回復するけれど、長続きはしないよ。将来の会社の成長を担うべき技術を持っている人がいなくなって、もう二度と帰ってこないんだから。リストラを繰り返してソニーは本当に弱ってきてしまった。そういうのを、ソニーOBは心配しているんだ。
例としてあげたリチウムイオン電池だけでなくて、森園(正彦、ソニー副社長などを歴任)さんなどが技術の統括をやっていた頃はいろんな研究開発をしていた。大賀さんや盛田正明(ソニー創業者である盛田昭夫氏の実弟で、ソニー副社長などを歴任)さんといった、技術に理解ある人たちも先進的な研究開発を進めさせていた。しかし結局、その後に経営体制が変わると、コスト削減を理由にやめちゃった。早くから着手していた様々な分野の研究をね。
あまり知られてないけど、「クロマトロン」という技術を地道に研究開発してきたから、後のヒット商品となった「トリニトロン」という技術を使ったテレビの開発につながっていった。これは大賀さんが腰を据えて研究開発を続けさせていたんだよ。新しいことを生み出すっていうのは。そういうことなんだよ。
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