斬新なアイデアは誰にまず披露すべきか

大曽根:ウォークマン開発で参考にすべき最大のポイントは、「斬新なアイデアを、誰にまず披露して、バックアップしてもらえるようにするべきか」という部分だろうね。そういう目利きができる人に最初に話をもっていかないと、いくらおもしろいアイデアでも、理解されずにつぶされてしまう危険性があるからさ。

伝説の技術者としてだけでなく、数々の名スローガンや語録を打ち出して部下をやる気にさせるという、大曽根さんのマネジメント手腕も有名です。だからこそ最後は、ソニーの副社長になった。

大曽根:大賀さんの社長時代に、我々は副社長として彼を支えていた。そんな経営体制だったな。でも私は元々、「役員になることさえ勘弁」という感じだったんだ。モノづくりが好きだから、現場に近いところにずっといたかったんだ。

 実際に大賀さんにはそのように伝えていた。なのに大賀さんは、「いろんな製品でソニーを市場シェアトップにしてくれた。会社にこれだけ貢献してくれたので、そういうわけにはいかない」なんて言ってさ。結局、最後は副社長にされちゃった(笑)。

 確かに副社長になるまでに、いろんな事業を担当して、多様な製品を作ったよね。マネジメントをやるようになってからの仕事で特に印象に残っているのは、テープレコーダーの部門で事業部長をやっていた時のことかな。

 いきなり、「テープレコーダーだけじゃなくて、ハイファイ(高音質なハイファイ・オーディオ機器のこと)も担当して、テコ入れしてくれ」なんて言われちゃって。それまで、自分が担当してきたソニーの製品は、ウォークマンをはじめとしてどれもシェア1位ばかりで、「シェア2位以下」の製品なんて担当したことなかったの。だからビックリしちゃった。

 当時のソニーのハイファイ製品のシェアは6位くらい。「シェア1位以外の製品の市場のことなんて、俺は分からねーよ」なんて言って断ろうとしていたんだけど。逆に、「じゃあ、ぜひ1位にしてほしい。来年からこの事業でも責任者をやってくれ」なんて言い返されて、引き受けざるを得なくなっちゃった。

 そのころのハイファイ製品市場は、パイオニアやケンウッド(現JVCケンウッド)がトップ層にいたんだ。けれど市場調査によれば、ハイファイ分野では15%の市場シェアを取れば国内1位になれると分かった。

 だから部下には、「15%の市場シェアを目指してがんばろうぜ」って発破をかけた。ただ、掛け声だけじゃつまらないからスローガンっぽくして、「15だからイチゴー。イチゴープロジェクトと名付ける」って宣言して、ハイファイのシステムコンポを正月くらいからソニーが出して頑張ったら、シェア6位だったのに1年間でシェアトップになっちゃった。

 それでも勢いは止まらなくて。シェアは20%を超えて、最終的にはシェア30%くらいになったんだよね。当時のソニーってさ、現場の技術者を本気にさせると、こんなすごいことができた。そんな勢いがあったんだよね。

なぜシェア6位の負け組が1位に?

それにしてもハイファイの分野でシェア6位だったソニーが、いきなり1年間でシェア1位になれた。なぜでしょう。

大曽根:なぜ一気にシェアを伸ばせたのかというと、徹底的にユーザーに使いやすいハイファイを新しく作ったからだよ。当時の他社製のハイファイは、箱から出した後、アンプやスピーカーなどのモジュールを自分で配線してつながないと機能しなかったんだ。

 でもさ、音響機器の配線なんて音楽マニアじゃないと分からないから。私は現場の技術者と議論しながら、ここに勝機があると思ったんだよね。アンプやスピーカーなどが他社製のようにモジュールごとに分離しているデザインだけど、実際には配線が最初からつながっていて、箱から出したらすぐに音楽が聞けるハイファイを作ったんだ。

 つまり、ハイファイ製品なんて全く使ったことがない音楽の初心者や若い人が、すぐに使える製品を開発して発売した。それでぐんと対象ユーザーが増えたんだよ。新しい顧客層を創出したとも言えるな。

 あの頃の日本の若者はちょうど、音楽が空気や水みたいになり始めていた。試験勉強も音楽を聞きながらやっている若者が出てきた頃だからね。私はそういう世相に敏感な盛田さんの意見を聞きながらウォークマンを開発した経験がある。だから、どれだけ日本人がいい音楽を手軽に聞きたがっているのか、よく分かっていたんだ。

 若者だけじゃなくてさ。女性も新しいハイファイユーザーとして台頭してきた時代だったんだな。当時は女性も外で働くことが普通になり始めていた時代でさ。彼女らも通勤や仕事に疲れて帰ってきた後、寝る前に自分の部屋で好きな音楽を、できるだけいい音で聞きたいと思っていたんだよ。だからソニーが新たに出した、配線作業が全く必要ない初心者向けのハイファイは、女性でも使いやすいからすごい勢いで売れたんだ。

赤字事業を「百獣の王プロジェクト」で挽回

マネジメント経験としては、オーディオ分野だけではなく、テープ事業も担当していましたよね。なぜテープ事業まで任されたのでしょう。

大曽根:ハイファイでそんな実績があったものだから、その後、赤字事業の立て直しを頼まれるようになっちゃったってことだ。ソニーの役員としては、技術面を主に担当していて、中でもオーディオ関連の事業全般をカバーしていたんだけれど。ある時、「赤字のテープ事業を何とかテコ入れしてくれ」とまた無茶な要望が来たんだよね。

 仙台市周辺の工場で生産していたソニーのテープ製品は、伝統的に強くて、利益率も高かった。だけど、ある年に100億円以上の赤字を出しちゃった。それは何十年ぶりかの出来事だったわけで、もう異常事態。だからハイファイのシェアを上げた手腕を使って「テープ事業の立て直しもやってくれ」と、また大賀さんに頼まれちゃった。

 私は主にオーディオ関連の事業を担当してきたから、「大賀さん、俺はオーディオが専門なんだ。“再建屋”としてソニーにいるんじゃないよ」と最初は断った。だけど「役員なんだから、そのくらいやれ」と説き伏せられて(笑)。

 未経験のテープ事業を担当して、赤字解消のためのプロジェクトを立ち上げたんだ。ちょうど110億円くらいの赤字だったから、これを解消するために、「110(ひゃくじゅう)」という数字の読み方にかけて、「百獣の王プロジェクト」って名付けたんだよね。

 そしたらみんな頑張っちゃって、翌年には100億円以上の黒字になった。つまり200億円以上の利益改善をしたことになる。私が責任者について、「百獣の王プロジェクトで赤字を解消するぞ」と発破をかけ続けた結果が、これだった。

 現場のメンバーは大きく変えてないのに、責任者が変わって、明確な目標を出したらこうなった。これは強烈な経験だったよね。いかにリーダーというか、“大将”の言葉が重要かって思い知ったよ。

 この話はここで終わらなくて。110億円もあったテープ事業の赤字が解消できた翌年は、「百獣の王プロジェクトの2年目は、“ライオン2頭分”を目指すんだ」と言って、私が責任者になってから1年目に達成した水準の2倍となる利益目標を設定したんだ。そしたら本当に2年目は220億円の利益が出ちゃった。これには私もビックリしたよ。