粘り強く金融事業への参画を模索した盛田氏

盛田さんが思い描いた金融業への参入でも、伊庭さんが右腕的な役割を果たしたとか。

伊庭:海外企業との訴訟や契約交渉も担当していた経験から、当時、海外の販売を子会社に切り替えるため、海外営業部と兼務していたこともあって、1978年にはスイスの拠点に赴任することになった。当時、ここが欧州地域のヘッドクオーターのような位置づけで、欧州の事業計画はスイスで取りまとめていた。

 スイスの拠点は、チューリッヒ郊外のツーグという州にあった。設立は1958年に遡る。スイスは軽課税国であり、さらに州ごとに税制が違っていて、ツーグはスイスの中でも税が安い州だった。盛田さんはそういう情報を入手し、すぐ実践していたんだ。

 盛田さんは、物事の本質を見抜き、先見性に富み、的確な状況判断ができる方だった。具体的な方針を示すし、説得力がある。そこが大きな魅力だった。

 1970年代の初め頃だったと思うが、「ソニーも銀行を持ちたい」と、盛田さんが言いだされた。「銀行事業への参入ができるかどうか、まずは法的な側面から検討せよ」という宿題が出た。私がまだ、法務と海外営業を兼務していたころ。今のソニーの法務部は人材が潤沢だと思うが、当時は10人もいなかったし、金融事業の知見などはない。

 そんな体制で、銀行参入を検討するとは無茶苦茶な仕事だったけれど、銀行から優秀な人材に出向してもらい、一緒に勉強をした。どうすれば日本で、メーカーが銀行を持てるのか。当時の結論としては無理だ、ということになった。

 だけど、そこであきらめないのが盛田さんだよ。「海外の銀行を買収して、それで日本に支店を作るというやり方はどうだろう」なんてアイデアを言い出したりして。「さすがに盛田さんだな」と思って調べてみたけれど、それも結局無理だった。

 それでもあきらめずに、次から次へいろんなアイデアを出す盛田さんは本当にすごかった。

 結局、金融事業では銀行ではなく、まず米プルデンシャルと合弁で生命保険会社を作ることになったのだけれど、その前からずっと金融分野への進出について勉強してきたことが役に立った。それが今のソニー生命だよ。

1991年に開かれた、ソニー・プルコ生命からソニー生命への社名変更などを祝う会合での様子。真ん中が盛田昭夫氏、右が伊庭保氏

ソニーの金融事業はその後、売却を検討された経緯もありますね。

伊庭:出井さんが経営トップをしていた2003年ごろだよね。ソニー生命を強引に売却しようとしたんだ。「生命保険事業はソニーにとってどうしても欠くべからざる事業でない」「生命保険事業に将来性はない。今が売り時である」「売却で得る資金をエレキ事業に投入」といった理由を挙げていた。

 ソニー生命の社員やソニー生命のOBは、全く新しい分野に参入して市場を開拓したソニー・スピリットの申し子みたいなもの。なので、ソニー生命の関係者は出井さんの説明に納得がいかず、ある元社長を除いて、ほぼ全員が大反対だった。将来を悲観し、ソニー生命を辞めるライフプランナーも多数いた。結局、経済環境が悪化したこともあって幸い、この売却計画は見送られたんだ。

 その後、エレキ事業の凋落が続く中、ソニー生命は業績を上げ続け、ソニーグループの連結利益を支えていった。もし利益の稼ぎ頭となったソニー生命があの時に売却されていたら、エレキ事業は中国か台湾の企業に売却せざるを得なくなっていたかもしれないと思うと、ぞっとするよね。ソニー生命の売却に動いた出井さんの判断は間違っていた。

新しい提言書はしばらく作っていないようですが、伊庭さんは今後は、どのような活動をしていこうと考えているのでしょうか。

伊庭:ソニーとして挑戦する価値のある分野はたくさんある。まずは企業理念をしっかりと作って、向かうべき方向を示してほしい。その上で技術者をもっと経営に参画させ、持っている知的財産を生かすべきだ。足りないところは外部から取り入れつつ、イノベーションが生まれる経営機構の再構築を、と訴え続けたい。

 新規事業のために社員から提案を募る「SAP(シード・アクセラレーション・プログラム)」についても聞いているが、出てくるものは小粒だ。SAPでやっていることって、スマートロックやスマートウォッチとか、他の企業が既にやっているものばかり。ソニーなのだから、ほかの会社が思いつかないような製品やサービスを作ってほしいよね。

 昨年の株主総会に出席して、いろいろ主張しようと挙手をしたんだが、残念なことに指名されなかった。けれど諦めずに、今年も株主総会で手を挙げようと思っている。質問は「一人一問」という制限があったと思うが、今のソニー経営陣には聞きたいことや伝えたいことが、みんなたくさんあるはずだ。

 株主の質問が全て終わってないのに途中で打ち切ってしまうのも、いかがなものかと思うよね。OBだけでなく、ソニーのことを大好きな善良な一般株主が出席しているんだ。今のソニーが何を考え、ソニーがどうなっていくのか、みんな心配しているんだよ。株主からの質問が尽きるまで対応したらどうだろう。