スキャンダルで潰れた真のソニー後継者

なぜ大賀さんは当時、後継者に出井さんを選んだのだと思いますか。

伊庭:大賀さんの本音がどこにあったのかは、本人にしか分からない。だけど大賀さんが過去に失言した通り、「消去法で出井さんに決めた」というのはある意味で真実だと思うよ。

 これはソニーだけじゃなくて、どんな企業でも起こり得る、経営者による後継者選びの難しさを物語るエピソードだと思う。

 大賀さんは元々、自分の後継社長には、技術もビジネスも熟知しているある人物を指名するつもりだった。それは技術系のMさんだ、と心の中で決めていたんだ。

 ところが予想外にMさんがスキャンダルを起こした。こうなると、Mさんがどんなに優秀な技術者で、実際にヒット商品を開発した実績があるとはいえ、社長候補から外さざるを得なくなる。

 もし、あのスキャンダルがなければ、大賀さんの次は技術系の社長が誕生していたはずだよ。そしてそれ以降も技術に詳しい人材を経営陣に就ける方針が、ずっと受け継がれたはず。近年のソニーのように“技術軽視”の経営陣が形成させることにならなかったのかもしれない。

 話はMさんの失脚で終わらない。大賀さんとしても、Mさんの対抗馬となるような社長候補をちゃんと選定していたんだ。でも、別の事件がきっかけで大賀さんは自らその人を切ってしまったんだな。

 それが、企画系のIさんだった。Iさんは、前述の技術系のMさんがスキャンダルを起こして次期社長の芽がなくなったと判断した。すると「ソニーの次期社長は俺だ」と言わんばかりの態度になってしまったんだ。

 その時、大賀さんがたまたま病気で療養していた。その間にIさんは、あたかもソニーの社長のように経営を仕切りだした。病気から回復した大賀さんが経営に戻って、Iさんの振る舞いを不快に思ったんだ。結局、Iさんはソニー本社から子会社に飛ばされることになった。

大賀社長の後継者選びについて語る伊庭氏(撮影:北山 宏一)

「後継者選定でソニーの品位が傷ついた」

大賀さんが後継者と見込んだ人物はみんないなくなってしまった。

伊庭:結局、一番困ったのは大賀さんだよね。

 大賀さんが想定していた候補者の一人がスキャンダルで失脚し、もう一人は自ら引導を渡してしまった。自分の構想が崩れて誰を指名するか悩み、人事担当役員や指名委員会の委員長とも相談したのだろう。だが、これはという候補者が出てこない。 

 こんな状況で、「これからはITの時代だ」「インターネットで世の中は激変する」というレポートをいくつか大賀さんに送って、アピールしていた出井さんのことを思い出した。「これから重要なIT分野のことを分かっているようだから、次は出井にしてみようか」となったんだろうね。

 社長指名までのプロセスがすっきりしてなかったのは確かだろう。スキャンダルで失脚したMさんへの中傷や、Mさん失脚後の社長人事の憶測がメディアを賑わせることになって、ソニーの品位が甚だしく傷ついた。

 社長人事は、現在の社長が後継者を指名し、それを指名委員会が追認するという、従来の日本企業にありがちなプロセスだったんだろうね。

 現在も、もしかしたら実情は変わらないのかもしれない。ストリンガーや平井さんの社長就任の場合も、当時と同じような感じなのではないかな。

 現在の経営トップの個人的な判断で後継者選びの最善の選択ができる保証はないのに、それを検証する仕組みがうまく機能しなかった。法律が想定しているように指名委員会や取締役会が主体的に次の経営トップを選ぶというのは、今もハードルが高く、現実的でないのかもしれない。

 平井さんの次の経営トップ選びでは、これまでの流れを断ち切って、現在の取締役会や指名委員会のメンバーが真剣に取り組んでくれることを期待したいよね。

「出井さんから相談を受けることがなかった」

大賀さんから出井さんに権力が引き継がれた頃、ソニーグループにおける伊庭さんはどんな立ち位置にいたのでしょうか。

伊庭:大賀さんの後のソニー社長問題が一段落した後、私はソニー生命から本体に呼び戻されて、しばらくして副社長に就いた。一旦は子会社に出たのに、また戻るのは予想外だったね。ただソニー生命の社長としての仕事はやりがいがあった。

 そして1995年には初代CFO(最高財務責任者)に就任した。これは、いくぶん政治的な配慮が入った人事だったと思う。出井さんは当時、末席の取締役で、「14人抜きでソニーの社長になった」などと、メディアで騒がれていた。だから我々のような先輩に気を遣った処遇だったんだろう。とはいえ私は、「企業価値の番人」であるCFOとして恥ずかしくない役割を果たしたつもりだ。

伊庭さんは当時、CFOという要職にありましたし、出井さんに直接、意見できる立場にあったと思います。ソニー本体の経営陣にいた頃、自分の手で何かできたのではないか、という後悔はありませんか。

伊庭:出井さんから直接、相談されれば、自分の意見をはっきりいうつもりはあった。けれど、そういう機会はほとんどなかったな。

 今、思い返しても不可能に近いと考えているけど、当時、一体感のあるソニーのマネジメント・チームを作る方法がなかったのだろうか、と時折、思い返すことがある。ここは多くを語りたくない。

 出井さんの社長時代の出だしは業績の調子はよく、メディアにも持ち上げられたが、それは結果的に、遺産というか、大賀さんが社長をしていた頃の勢いに乗っただけだ。

 出井さんの意気込みや「リ・ジェネレーション」に象徴される、新しい取り組みへの意欲は分からないわけではない。ただ私は馴染めなかったな。というのも、出井さんは「過去のしがらみは一切捨てる」と言わんばかりの態度で、設立趣意書を引用することも少なくなった。一方で「新しい経営理念を作る」という作業を始めたんだ。結果的にソニー・スピリットが薄まることになり、私は出井さんのそういう部分に大きな違和感を覚えていた。

 出井さんは人の好き嫌いが極端で、嫌いな人はどんどん外していく。自分の考えにそぐわない開発は「将来性がない」とやめさせていた。技術者が好きな開発をできたのがソニーの社風だったし、かつてソニーに在籍していたノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈氏は「ソニーには秩序ある混沌があった」と表現していたが、その通りだったと思う。

 そんな理想的な環境が出井体制の下で消えていったんだよ。

 振り返ると、ソニーは、後継者の育成や権限の移行が、思い通りにいかなかった。盛田さんの次のトップとして期待が高かった岩間(和夫、元ソニー社長)さんも、早くに亡くなってしまったし、その後に登板した大賀さんも後継者育成に熱心であったとは言い難い。

 大賀さんまでを創業者世代だとすると、そうした世代が終わって、サラリーマン社長に転換すべきタイミングを見据えた後継者育成がうまくいかなかったんだろう。自分ではどうしようもなかったが、体系的にCEOを育成するプログラムが必要だったと思うよ。これは後世のソニーを支える人たちに、ぜひ伝えておきたいことだね。