「今のソニーからは企業理念が見えない」

では、伊庭さんの考えるソニーの経営のあるべき姿とはどんなものなのでしょうか。

伊庭:釈迦に説法かもしれないが、経営者の重要な役割の一つは、企業理念やビジョンを掲げることだろう。今のソニーは、それさえ見えないのが問題なんだ。ソニーの公式サイトにミッションの記載はあるけれど、それはものすごく曖昧で、これがソニーの企業理念やビジョンだと言われても、社員は困惑するのではないか。

 米ゼネラル・エレクトリック(GE)みたいに、歴史のある事業でも、競争力が落ちて不採算になれば、どんどん切り捨てて新しい事業にシフトをしていくやり方もあるだろう。ただ一方では、創業時から続く基本事業を大切にしていこう、という経営のやり方もあるのではないだろうか。

 会社が向かうべき方向、企業理念やビジョンを取締役会や経営陣が徹底的に議論して明示して、その実現のために何をやっていくべきかという戦略を明確にすべきだ。

 技術の進化を先読みできる、盛田さんのような「テクノロジスト」が参画する取締役会にして、そこで議論を尽くす。その結果、「エレキ事業はもう厳しいので、エンターテインメント路線に特化していこう」という結論が出るのであれば、それはそれで納得できる。

 OBも社員もモヤモヤしているのが、今のソニーが開示している情報からは、企業として何を目指しているのかという理念やビジョンが見えないことだ。

 きちんと議論されているようにも思えないし、曖昧でどこに向かうのか見えないままでは、平井(一夫、現ソニー社長兼CEO)さんがどんなに弁舌爽やかに何かを発表しても腹落ちしない。業績は短期的に良くなっても軸がないからいつかは方針がブレるだろうし、中長期的には経営は迷走するのではないかという懸念が生まれるだけなんだよ。

 ソニーという企業はエレキだけでなく、音楽や映画、金融と、多様な事業を手掛けるコングロマリットだ。このポートフォリオは、全くシナジーがない事業の集合体と批判されることもある。だけど盛田さんは、いろいろ考えた上で、こうした事業ポートフォリオを作ってきたと思う。「人々の生活を豊かにする。物質的だけでなく精神的に豊かにする」とも言っていた。実際に、その言葉通りのポートフォリオではある。

「奇人変人」が消えたソニー

伊庭さんの弟子を自称する丸山(茂雄、ソニー・ミュージックエンタテインメント社長などを歴任)さんは、「ソニーはエンタメ路線にいくべきだ」と主張しています(詳細は同連載「ソニーを引き受けた平井さんは軽率だな」)

伊庭:意見が違う人たちが自由闊達に議論する。これが盛田さんのスタイルだった。いろんな意見があっていいんじゃないの。

 「ソニーには多様な事業があり、不採算なエレキ事業はやめるべき」という意見があるのは理解している。それが正しいと言う人がいるのも分かっている。ただ問題は、今のソニーの経営陣が、そういうことをはっきりさせないことだと思っている。

 エレキ事業から撤退してエンタメ事業や金融に特化することを、経営陣は公式には完全否定している。一方で、本体のエレキ事業を分社する方針も打ち出している。やっていることを見れば、売りやすいように分社しているように思えるのに、口ではエレキはやめないと言う。この整合性のなさが、現場に混乱を生んでいるのではないか。

 個人的には、ソニーのエレキ事業は、売却や撤退の必要はなく、まだ行けると思っている。技術革新はまだまだ進むし、新しい技術が出てくるたびに新たなビジネスチャンスは生まれるはずだ。テレビみたいなコモディティー化した分野では価格競争に勝てないだろうけど、新興国勢や競合他社が簡単に追随できない分野を見極めれば、差別化できる事業は出てくるだろう。

 ただ、それを実現する技術陣の層が細ってきていることは否めない。例えば、プレステを開発した久夛良木(健、ソニー・コンピュータエンタテインメント社長やソニー副社長などを歴任)に代表される、とがった人、奇人変人は、今やいなくなった。

 それもこの20年間、ソニーらしいイノベーティブな製品が生まれてこなかった原因の一つだろう。しかし、そこまでとがった人は少なくなっても、社内には優秀な技術者がまだ残っていると期待したい。そのような人材が存分に活躍できる環境を用意し、これまでの技術軽視や中長期でチャレンジしにくい流れを変えてもらいたいものだ。そして、とがった人、奇人変人を、新たに受けいれることを躊躇すべきではないと思う。

ガバナンスを強化しても業績は安定せず

最近は、ソニーのコーポレート・ガバナンスの不備も指摘していますよね。

伊庭:出井さんが経営トップだった時代に、ソニーは委員会設置会社に移行した。いち早くこの経営機構にしたのは、いかにもソニーらしいと思っていた。当初は、取締役会の半数を社内取締役が占めていたし、小林(陽太郎、富士ゼロックス社長や会長などを歴任)さんが、ソニーの取締役会議長として、それなりに頑張ってくれていた。

 問題は、その後だよ。経営トップの権限が過度に強化されていった。それまでのソニーの経営の意思決定は、衆知を集めて議論を尽くし、経営トップが最終決断するという合議制だった。さっきも少し触れたけれど、これを「責任の所在があいまいになるから」といった理由で、CEOの単独決裁に変えたのが出井さんだよ。

 それがストリンガー(ハワード・ストリンガー、ソニーの会長兼CEOなどを歴任)時代にさらに悪用されたのではないか。技術系の社内取締役の数を減らし、過半数を社外取締役が占めるよう、社外取締役を増やしていったんだ。これで取締役会の構成が一変した。成長路線を取り戻したのなら文句はないが、業績はご存じの通り。

 今でこそ、社外取締役を必ず取締役会に入れるようにと、政府からお達しが来るようになっている。社外取締役を過半数以上に増やしたソニーの取り組みは、当時としても異例だった。それなのに、そんな先進的なガバナンスを取り入れたにもかかわらず、業績が安定しなかったのだから、経営のガバナンス強化には全くつながっていない。

 つまり社外取締役をいきなり増やした狙いは、ガバナンス強化による業績改善ではなく、別なところにあったとしか思えない。当時、技術系の社内取締役を一気に減らした理由を、取締役会の事務局を担当する役員に聞いても、納得できる答えはなかったからね。

 ガバナンス強化の先進企業のような顔をしていながら、実はそうではない、という点が、現在の経営でも続いているのはとても残念だ。

 コーポレート・ガバナンスコードのソニーにおける実施状況について報告書が提出されているが、いくつかの点で、納得いかない。

 例えば、基本的なところでは、企業理念やビジョンの記載がない。「企業理念は公式サイトのどこそこを参照しろ」と書いてあるだけで不親切。実際に、書いてある公式サイトの参照部分にアクセスしても、そこには企業理念やビジョンに足り得る文言は見当たらない。ミッションの記載はあるけれど、これは企業理念とは別物だろう。

 トヨタ自動車など、いくつかの会社のコーポレート・ガバナンスコードの実施状況の報告を見たが、企業理念は報告書にきちんと記載されている。コーポレート・ガバナンスコードでは、社長の後継者の育成プログラムの有無の説明も求められているが、悲しいことにソニーの報告書では、具体的な説明はないんだ。