「平井さんはソニーの経営者として知見を欠いている」

伊庭さんは、ソニーOBを取締役会のメンバーに入れろとも主張しているのでしょうか。そのような意見を持つソニーOBがいると聞きました。

伊庭:勘違いされて伝わっているようなので、あえて言っておくけれど、私は「我々のようなOBを取締役に選任した方がよい」と主張したことはないし、主張するつもりもない。そういうことを言うソニーOBも中にはいるかもしれないけれど、私はそれが良いことだとは思わない。

 OBそれぞれで、いろんな意見があるのは事実でしょう。実際、あるメディアに以前、「盛田正明(盛田昭夫氏の実弟で、元ソニー副社長)さんをソニーの取締役会議長、ソニーの社長は安藤(国威、元ソニー社長)さんにして、危機を乗り切るための臨時的な経営体制を作るべきだ」というシナリオの記事が掲載されていた。私は全くこの案には賛成できません。

 私は一切かかわってないので、どういう意図でそのようなシナリオを考えられたのかは分からない。

 久夛良木(健、ソニー・コンピュータエンタテインメント社長やソニー副社長を歴任)さんをCEOにするという“久夛良木待望論”も相当根強い。けれど、本人には全くその気がないようだし、当然だけれど、現在の社長兼CEOは、OBではなく現役世代から選ぶべきでしょう。

 もしOBが意見を言う場を設けることができるなら、私の提言書にも入れたが、取締役会とは別の「諮問委員会」のような機関を設け、そこにOBを入れて議論する形がいい。

 提言書で言いたかったのは、「あくまでも現役が経営に携わり、現役の力で、ソニーのエレキ事業の再興を成し遂げてもらいたい」ということ。その上でOBが何かできることがあるのなら喜んで協力する、というスタンスです。

伊庭さんはSCE(ソニー・コンピュータエンタテインメント、現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の会長に就いていた時期もありますが、当時、平井さんと何らかの接点はあったのでしょうか。

伊庭:その頃に、平井さんと話をしたことはあまりなかったな。彼がSCEにいた時、多少面識があったのは事実だけど。

 誠実な人柄だという印象を受けたのを覚えている。しかし残念ながら、昔を思い返したり、最近の発言を聞いたりする限りでは、ソニーの経営者として、エレキ分野の技術や事業についての知見を欠いているという印象は、否めないな。

 私の提言書は、言葉が行き過ぎているところもあるかもしれないけれど、平井さんを個人攻撃しようと意図するものではないよ。現実を直視することと、技術者を経営に参画させること。2つの重要なポイントを彼に理解してもらいたかっただけだ。

「ソニー・スピリット」は死語に?

2015年の経営方針説明会は、本体にあるエレキ事業が解体されるかのように、いち早く分社したテレビ部門に続いて、オーディオやカメラ、半導体といった部門ごとに細かく分社し、子会社にしていくという歴史的な発表となりました。分社化でソニー本体から離れることになる社員には当然、動揺が走ったようです。伊庭さんなどOBの方々はどのように受け止めたのでしょうか。

伊庭:エレキ事業を部門ごとに本体から分社化していく方針は、真意がよく分からないよね。とにかく説明不足だから、いろんな見方がされてしまった。社員が動揺するのはもっともな話でしょう。

 素直に見ると、「売却しやすくするために事業ごとに分社するのか」と思える。何を狙っているかよく見えないから、いろんなことを憶測されてしまう。今のソニー経営陣はあまりにもコミュニケーション能力が欠如しているし、こんな発表をしたら、社内外や市場がどういう反応をするのかという想像力も欠如している。これは詳しくは後述するけれど、ソニーの企業理念がはっきりしてなくなってきたことも、原因かもしれないな。

 2015年の経営方針説明会では、積極的に投資する事業(イメージセンサーや音楽、映画、ゲーム分野)、投資はそこそこで安定収益を確保する事業(カメラやオーディオ分野)、ほとんど投資せずリスク管理する事業(テレビやスマホ分野)と、投資方針により3つに分ける考え方も示された。これも現場の社員にしてみたら、やる気を失う施策だよね。

 ソニーの設立趣意書にあるような、「自由闊達にして愉快なる理想工場」「人のやらないことをやる」というソニー・スピリットは、一体どこへ行ってしまったのか。これらの方針を聞いて、「ソニー・スピリットは、もう死語になってしまったのか」と受け取った人は少なくないよ。

 連結決算での「ROE(株主資本利益率)10%以上」や、事業ごとのROIC(投下資本利益率)の数値目標を設ける財務的な方針も発表されたよね。ただ最大の問題は、エレキ事業が目指すところ、新しいものを創造していく意欲が感じられなかったことにある。

 もうソニーの財務の現場を離れて長くなるが、私の感覚からすると、今のソニーの財務状況でROE10%以上というのは非常に野心的に思える。どの程度のリスクが見込まれているかは不明だけれど、この数値目標を達成するためという名目で、成果が出るまでに時間のかかる投資が難しくなりはしないかと心配をしているところだ。

 事業ごとのROICも結局、資本コストに着目する指標でしょう。狙いは「経営の規律のため」という説明がされていたけれど、製品の研究や開発が短期志向にならなければよいのだけれど…。

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