提言書は「完全に無視された」

提言書を送った後、平井さんやほかの取締役など、ソニー経営陣から反応はありましたか。

伊庭:残念なことに、複数の提言書を作成してその都度送ったけれど、経営陣から提言書に対する回答は何も返ってこなかったな。私の提言をあえて無視することで、「今の経営機構でいいんだ」と答えたつもりなのかもしれないね。

 時間をかけて、ソニーにおける経営機構の変遷の歴史を掘り起こし、それを踏まえて、できるだけ丁寧にソニーにとって最適な経営はいかにあるべきかという意見をまとめたつもりだった。けれど平井さんや吉田さんに加え、取締役や執行役クラスからも、誰からも何の反応も回答もない。

 完全に無視されている状態が続いて気分はよくないよね。

 提言を無視して議論を避ける理由をあれこれ詮索しても意味はないけど、どうやら、我々OBと現在の経営陣の価値観が違っているのは確かなようだ。

提言書が鈴木副社長誕生のきっかけに?

結局、ソニー経営陣に提言書を送った行為はムダに終わった、と。

伊庭:必ずしも、そうとは言い切れない。提言書を送った効果としてポジティブに受け止めたいことは、鈴木(智行、現ソニー副社長)さんが、2015年度に副社長に就任するきっかけとなった可能性があるからだよ。ソニーの経営陣は、「そんなことはない」って否定するかもしれないけど。

 鈴木さんは、半導体を中心にデバイス分野の経験が長いエンジニアで、エレキ事業の再興に情熱を燃やしているようだ。人づてに聞いたのだけれど、ソニーに入社した時、彼は「俺は将来、ソニーの社長になるぞ」と周囲に語っていたとか。そんな心意気があるなら、技術系経営者として期待できるのではないだろうか。技術系出身ながら、期待に応えられなかった中鉢さんとは違う、と考えたいな。

 仮に今後、鈴木さんが社内取締役に選任されれば、ソニーの経営がもっと技術重視に変わるのではないかとも期待している。これだけで全ての問題が解決するとは思わないが、そうなれば大きな前進だと思う。

非技術系の経営者は数字の改善ばかり重視しすぎる

伊庭さんがソニーに送付した提言書をここで全て公開するのは難しいと思いますが、提言書にあるという「なぜ近年のソニーが業績低迷を続けたのか」というテーマについて、伊庭さんの分析を詳しく聞かせてください。

伊庭:非技術系の経営者は数字の改善を重視し過ぎて、どうしても効率的な技術開発を現場に求めるようになってしまう。そうなると予算管理や投資回収までの期間を厳しくして、人事評価も過度に成果主義を徹底しようとするだろう。

 そうなると、どうしても短期志向に陥ってしまう。もちろん、一定の規律は必要だけど、本当に競争力のある独自の技術開発には、それなりの投資と時間が必要。「ちょっとやそっとの失敗にめげず、ダメでも粘り強く」という意識が重要なんだけれど、技術者が安心してそういうマインドになれる環境が整えられているかどうかが大事なんだ。

 管理が行き過ぎて、技術者に短期的な成果を求めると、普通はリスクを取らなくなる。革新的なものを作るよりも、手っ取り早く完成できる無難な開発を優先させるようになる。そうなると、他社のヒット商品をマネしたような後追い製品とか、少し機能的に手を加えたような製品ばかりが出るようになるでしょ。

 結果的に、過去のソニーのような、誰も作らないような画期的な製品やサービスを、なかなか生み出せなくなってしまったのではないか、という話を提言書では書いた。

 今や屋台骨となりつつあるイメージセンサーも、稼げるようになるには相当な時間がかかっているんだ。それをやるには、「いくら金と時間がかかっても、いずれ花開くという信念を持って忍耐強くやろう」と判断ができる経営者がいなくてはならない。だけど、そういう経営判断ができる人材が、このところのソニーに見当たらない。

 将来の種まきがされているとは思えないし、次のエレキ事業の柱が見えない。そういうパイプラインが、ある時期から途切れたままだから、イメージセンサーやプレステのような、世の中にインパクトを与えつつ利益貢献する次の事業が出てこない。この事実を直視すべきだと思う。

 創業者世代の井深さんや盛田さん、岩間さん、大賀(典雄、元ソニー社長)さんは、技術について先見性を身に着けていた。だからこそ、会社としてどこに向かうべきかという方向性を示し、ソニーの舵取りができた。ソニーの競争力の根幹である技術者のやる気を喚起し、勇気づけ、結果として、イノベーションが次々と生まれた。

 今はエレキ事業がどこに向かうのか、外から見ていても不透明でしょ。社内でどういう説明がなされているのかは漏れ伝わる話から想像するしかないけれど、現場の技術者に戸惑いがなければいいのだが…。

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