「技術系人材が生かされていない」

結局その後、中鉢さんが社長職を離れ、それまで会長兼CEOだったストリンガー氏が社長を兼務する体制になりました。

伊庭:ストリンガーは「四銃士」と称する次期CEO候補者を4人、指名した。その中には2人の技術系人材が入っていたけれど、彼らはストリンガーから適格でないと判断されたようだ。最終的には技術系ではない平井(一夫、現ソニーの社長兼CEO)さんがストリンガーの後継者となった。

 ストリンガーもソニーの経営トップとして、技術の重要性は理解していたとは思う。けれど、ソニー本社の生え抜きの技術系人材は、経営者に向いてないと判断したのだろう。中鉢さんが経営の一線から退いた後は、生え抜きの技術系社内取締役がいなくなってしまった。

 執行役レベルの人事にも、「技術系人材は経営者としての資質を欠く」といったストリンガーの思いが反映されていたようだ。明確な説明があったわけではないけれど、ソニーの経営に参画する技術系人材がめっきり減ってしまった理由は、このように理解しないと説明がつかない。

 ようやくストリンガーが経営トップから退いて、平井さんが社長兼CEOに就任したのが2012年度。社長就任の初年度こそ、資産売却によって連結の最終損益は黒字になった。けれど2013年度はエレキ事業の赤字が原因で最終損益も赤字に。2014年度も2年連続の赤字見通しとなっており、業績回復の兆しが一向に見えない状況になった。

 平井さんはストリンガーと違って、もっと技術系人材を経営に参画させると私は期待していた。が、そうではなかった。今も技術系人材が十分に生かされてない。

「このままソニーが凋落するのは忍びない」

平井さんが社長になり、久しぶりに日本人の経営トップに戻ったのに全く状況が変わらないことに危機感を覚えて、提言書を作って訴えようと考えたわけですね。

伊庭:こういった問題意識を持ったのは私だけではなくて、多くのOBも同様だ。それぞれ意見の濃淡はあるけれど「技術系人材をもっと経営に参画させるべきだ」という点は共通していた。そこで私は、エレキ事業の業績低迷の原因を自分なりに分析し始めたわけだ。

 プレステ(プレイステーション、ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本では1994年に発売した)後の20年以上、ソニーは、イノベーティブと称されるような製品を生み出してこなかった。その原因はソニーの取締役会や経営陣に、エレキ事業を熟知する技術系人材が少ないことに帰着する、と仮説を立てた。

 だからこそ、生え抜きの技術者を取締役や執行役にもっと選任し、技術を熟知した人材を経営に投入していくことが業績低迷から抜け出す有力な方法である、と考えるようになったんだ。

 実際に、井深(大、ソニー創業者)さん、盛田(昭夫、ソニー創業者)さん、岩間(和夫、元ソニー社長)さんと、かつては技術系の経営者が、輝かしい歴史を持つソニーを創ってきた。それなのにその伝統が受け継がれず、このままソニーが凋落していくのを見るのは忍びない。

 「何とかしなければ」という気持ちにかられて、やむにやまれず、現在の首脳陣に経営改革を促す提言書を書くことにした。私の意見だけではなく、複数のソニーOBとも議論を重ねて、それも踏まえて提言書をまとめた。

現役幹部との議論は「いつも平行線」

提言書を送る前に、ソニーの広報担当の幹部などとも会って、話をしていますよね。

伊庭:提言書の作成に際して、コーポレート・ガバナンスの観点も盛り込み、事実関係の正確性を期するために、ソニー本社の広報や法務担当の役員などと何回か打ち合わせをしたのは事実だ。

 ただ、当然かもしれないけれど、彼らはソニーの取締役会の構成や役割について、現状を擁護することにこだわっていた。彼らの意見は形式論が多く、「ソニーにとって最適な取締役会や経営陣の構成はいかにあるべきか」という重要な視点が欠けていた。

 そのため私と彼らの議論は、いつも平行線をたどっていたよ。残念なことに、ソニー社内でこの議論が“神学論争”というふうに揶揄されている、という話も漏れ伝わってくるようになってきてね。「ソニーのために何が最善かという発想を、いつもするように」と盛田さんに鍛えられた世代にとっては、天を仰いで嘆きたくなる気持ちになったよ。

 そしていつしか「彼らと話しても仕方がない」「経営陣に直接訴えるしかない」と思うようになって、幹部レベルとの打ち合わせはやめた。結局、彼らを経由して聞く限りでは、「ソニーにとって最適な取締役会や経営陣の構成はいかにあるべきか」という点で、平井さんや吉田(憲一郎、現ソニーの副社長兼CFO)さんの考え方は不明だった。であればもう、直接提言書を経営陣宛てに送るしかない。

 提言書は複数書いたけれど、いずれもソニーにおける経営機構の変遷の歴史を掘り起こし、それらを踏まえて、できるだけ丁寧にソニーにとって最適な経営体制はいかにあるべきかをまとめたつもりだ。

製造業の経営者は「テクノロジスト」たれ

伊庭:盛田さんの言葉も引用した。例えば、盛田さんは「テクノロジストが経営者であるべきだ」とよく言っていた。「テクノロジスト」とは、「技術を理解するだけでなく、技術の方向性を見極め、将来まで見通せる能力を持った人材」のことだよ。

 ソニーも含め、製造業のトップは本来、みなそうあるべきだと私は思っている。特にソニーの場合、歴史を紐解けば、優れたテクノロジストが経営者だったことが、過去の輝かしい成功の鍵になっていた。

 その事実から導けることは、もし経営トップが「テクノロジストでない」なら、経営トップの右腕としてエレキ事業の技術を熟知した人材を配置し、経営チームとして一体でテクノロジストとしての役割を果たせるようにすべき、ということでしょう。

 盛田さんはソニーが困難に直面した時、社員に警句を発して鼓舞されていた。「部課長会同」と呼ばれる部長や課長クラスが出席する会議があって、当時はみんな、そこで盛田さんの話を直接聞けることが楽しみだったんだ。一つ一つの言葉が心に残って、やる気も生まれてきたよ。

 同時にたくさんの名スピーチも生まれた。

 「会社がつぶれるのは在庫がたまるからだ。これは自家中毒だ。ほかの原因はない」「会社は新入社員を選ぶ。新入社員も会社を選ぶ権利があるから、合わなければやめてよい」――。製品の品質の低下を「悲しいことだ」と率直に危機感を訴えられたこともあった。いずれも1980年代の頃だったかな。

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