「京都の“おもちゃ屋”に負けたら格好悪い」

その段階で、ソニー本体の幹部はプレステ開発に乗り気になっていたのでしょうか。

丸山:いや、その頃も、ソニー本体でプレステ開発に大賛成だったのは大賀さんと伊庭さんの周辺の人たちくらいで、ほんの一握り。ほかの人たちは「どうせ任天堂に負けるからやめとけ」みたいな感じだよ。

 「世界のソニーが“京都のおもちゃ屋”と競争して、もし負けちゃったら格好悪いから、やめた方がいいんじゃないか」とかね。そういうことを平気で言う人がいたんだよ。ソニー本体は全般的にそんな雰囲気だったかな。

 それでも当時、SMEは上場した直後でカネはあったんだよね。それも上場で調達したカネをそのまま銀行に預けていた。内部留保などで2000億円くらいはあったと思う。それをゲームの合弁会社に出資することになったわけさ。

 ソニー本体が単独出資するなら俺は関係ないけど、SMEのカネも使うなら、失敗すると俺の責任にもなるでしょ。別に俺が自らやりたいという事業でもなかったし、やれと言われてやらされるのに責任は負わなきゃいけなくなる危険性があった。たまったもんじゃないよ。それでも、よく覚えてないけれど、大賀さんと伊庭さんに説得されてやる気になったんだよね。

 つまり俺は、大賀さんと伊庭さんには懐いていた。この2人が無理を承知で俺に頼んでくるなら、「これは仕方ないな」と観念して引き受けたのさ。

「久夛良木はマライアみたいなもの」

丸山さんは、プレステを一緒に開発した久夛良木さんとは当時からウマが合っていたのでしょうか。

丸山:もうみんな知っているだろうけど、久夛良木は気性が激しくて特異なキャラクターだし、当時から嫌っている人は少なくなかった。だから「あの久夛良木とちゃんとタッグを組めるやつは誰だ」という観点で人材を探すと、「あっ、丸山がいた」ということになった。そんな関係だよ。

 大賀さんにはさ、「久夛良木と組むのはマライア・キャリー(1999年のアルバム『Rainbow』まで米ソニー・ミュージックエンタテインメントに所属)みたいな、わがままなアーティストをマネジメントするようなもんですよ」と冗談交じりに言った記憶があるな。

 性格が変わっていて気性が激しくても音楽の才能がある人を、「ああでもない、こうでもない」と説得しながらビジネスにしていくのが音楽業界で育ってきた俺らの仕事だったから。俺のその言葉を聞いて、大賀さんは大笑いしていたな。プレステの初号機を発売する直前くらいの時だよ、大賀さんから「久夛良木とはどうだ。うまくやっているか」と聞かれて、俺は思わずそう言っちゃった。

 プレステ開発が軌道に乗るまで、久夛良木と出井(伸之、ソニーの共同CEOや会長兼CEOなど、経営トップを歴任)さんは、ずっとドンパチやっていた。久夛良木は、文系で技術が分からない出井さんのことをバカにしていた。まあ、久夛良木は出井さんだけでなく、自分が認めないあらゆる人間をそういう風に扱う傾向があったけどな。世話になっている俺のことだって、随分バカにしていたよ。

 でもね、さっきマライアを例えに出したけど、ソフト分野のスターや実力者は、みんな腕に自信があるから、自分のやりたいように好きなこと言うもんなんだよ。そういう連中をレコーディングさせて、コンサートさせて、商売にしていくのが音楽業界の人間なんだ。

「マルさん、会社辞めてくれ」「じゃあ辞めるよ」

SCE副社長や会長、SME社長などを歴任した丸山茂雄氏(撮影:陶山 勉)

丸山:アーティストやタレントの中にはさ、ライブが始まる直前に「お腹痛いから今日は仕事やりたくない」とか「何かやる気がしないから、ライブはやめよう」とか言い出す連中もいるんだよ。だけど、そういう人たちをスケジュール通りに仕事させて、ビジネスが成り立つように落とし込む必要がある。俺は音楽業界でそういうことをずっとやってきたから、久夛良木ともうまくやれたんだろうね。

 もちろん、久夛良木とぶつかることはあったよ。あいつが瞬間的に頭にきて、「マルさん(丸山氏のこと)、もう会社を辞めてくれ」みたいなことを言ったりするわけ。それで売り言葉に買い言葉で俺も、「じゃあ辞めるよ」っていうやり取りは頻繁にあったよ。「こっちもやりたくてやってるんじゃねえよ!」ってね。でも、俺が辞めたら困ると久夛良木も分かっていたから、本当にそうはならなかったんだけどね。