「CSV」が資本主義が持つ究極の力を引き出す
ポーター教授は、企業がCSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)に取り組むことの重要性を提唱しています。昨年発表した米国経済に関する論文では、米国の問題は繁栄の恩恵を社会と共有できていないことだと指摘しています。ブレグジットやトランプ大統領誕生の背景を考えると、企業はこれまで以上に社会との「共通価値の創造」を重視する必要性に迫られるのではないでしょうか。
ポーター:まさにその通りです。既に多くの企業は、利益の一部を寄付したり、単にCSR(企業の社会的責任)活動に取り組んだりという状況から、CSVへと移行してきました。つまり、事業そのものを通じて、社会によりよい影響を及ぼそうという方向に動いています。ブレグジットやトランプ大統領の誕生によって、企業は社会課題の解決に、より積極的に取り組む必要性を認識するでしょう。その意味で、現在の状況は共通価値の創造を企業の経営戦略に組み込む流れを、これまで以上に加速するはずです。
CSVというのは、博愛の精神を指す考え方ではありません。企業が競争上、ライバルとは異なる方法で優位に立つための戦略です。まさに、そのムーブメントが今、本当に加速し始めています。
社会に与える影響について配慮せよという、企業に対する市民の要求は、急速に強まっています。そのため、すべてのステークホルダーに対して配慮しなければならないと考える企業は、ますます増えています。
しかし、この動きはさらに変化しています。社会課題の解決に取り組むことは、従業員や顧客、市民社会などのステークホルダーだけではなく、株主にとっても重要になっているのです。エネルギー効率を改善し、健康に寄与する商品を作り、従業員が会社の中で成長できる機会を提供することなどは、そもそも、企業が持続的に成長し、より成功を収めるために不可欠なことだと理解されてきました。
共通価値の創造というコンセプトは、資本主義が持つ究極の力を引き出すものです。企業が得た利益を社会に再分配するという発想ではなく、社会課題を解決し、社会のニーズに応えること自体が、企業を競争上、より優位にする。そうしたコンセプトを企業戦略に組み込むことが、資本主義の真の力を引き出すことにつながるのです。
そのことを、世界をリードするグローバルカンパニーの多くが理解している。スイスのネスレなどは、その典型でしょう。米国のウォルマート・ストアーズでさえ、最近は大きく変わりました。
一昔前のウォルマートは、社会派のアクティビストから憎まれる存在でした。コスト削減しか興味がなく、安物を販売し、賃金を低く抑え、世界中のサプライヤーに対して非常に厳しい取引を要求し、環境にも悪影響を及ぼしている、と。こうした批判が特にフェアだとは思いませんが、ウォルマートは多くの人から敵視されていました。
しかし、過去10~15年の間、ウォルマートは社会の変革を牽引する存在になってきました。企業規模があまりに巨大なことが、1つの背景にあります。
ウォルマートの売上高は5000億ドル(57兆5000億円)規模。約200万人を雇用しています。それだけの規模があるからこそ、例えば環境負荷を少し軽減するだけでも、ウォルマートにとっては大きなコスト削減要因となるだけではなく、社会に対して非常にいいインパクトを及ぼせるわけです。そのため、数多くの社会的分野で、ウォルマートは大きな存在感を発揮するようになりました。
ウォルマートはかつて嫌われ者でしたが、今ではCSVの考え方を戦略に組み込んでいます。ウォルマートは過去の教訓から学び、今のCEO(最高経営責任者)もかつてないほどクリエイティブです。ウォルマートはもはや悪者ではなくなりました。それとは反対に、米アマゾンが物流センターでの従業員の扱いや税金などの問題で、今では嫌われるようになっています。
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