田中:人気作家の作品は、連載が終わるとすぐ本になります。ところが、この時は清張先生が忙しすぎたのか、「書き上げたけれど、直してから本にしたい」と思われたのか、1962年に新聞連載されたのに、やっと本が出たのは84年。22年経っていた。

書かれてから22年…。

田中:その間に新幹線が走り出した。本にして出すときに、ご本人か、あるいは編集者が「おかしい」と指摘して、改稿したのでしょう。

 そこで、赤塚さんは報告書では『殺人行おくのほそ道』のヒロインの叔母が京都まで新幹線で行くのが初登場、とされたんですが、調べてみると、「ちょっと待ってください、これも違います」と。雑誌にその場面が発表されたのは開業2カ月前。特急で行く、と書かれているんです。

なるほど、それで、赤塚さんの「雑誌の連載完結時」という定義に合わせると、この作品では特急に乗っていたから、「新幹線の初乗り」ではなくなるわけですね。

田中:そうです。

あれ? しかし、そんなことをどうやって調べたのですか?

田中:それはもう、国会図書館に行きまして、最初に連載されていた新聞や雑誌からその部分を探し当てて、コピーして…。

実は弊社最後の「清張番」でした

げげっ。じゃ、新幹線が出てきそうな場面について、そういうことをやったわけですか。これは大変だ。赤塚さんもすごいけれど、田中さんもよくそこまでやりましたね。マニアとマニアの壮絶なぶつかり合いですね。そもそも、連載から本の間や、文庫化の際に改稿されるなんてよくご存じで。

田中:あ、わたし、松本清張先生を弊社で最後に担当させて頂いた編集者なんですよ。

えっ。

モリナガ・ヨウさん(以下モ):そうなんですよ。それを聞いたので断れなかった。だってほら、昭和育ちとしては、「松本清張」「文藝春秋」「最後の編集者」と揃ったら、なにかこう、出版人としては断ってはならない、とか思っちゃうじゃないですか。

平成生まれの方には通じないでしょうけれど、清張作品の存在感を知っていた世代的には、分かる気がします。

 では、そろそろ装丁のお話を伺います。どうしてモリナガさんに依頼されたのでしょうか。そもそも、以前にお仕事をされていたとか?

田中:いえ、これが初めてのお仕事です。いったんは、デザイナーに写真を使ったラフも作ってもらいました。ですが、この本は、「松本清張の作品の中に出てくる、現実の鉄道」という、フィクションとノンフィクションが二重になった、ありそうでない本です。

 ノンフィクションならば写真でよいのですが、この本には、現実をしっかり写し取りながら、ご本人の対象への愛情がにじみでる「絵」でもある、モリナガさんのイラストがふさわしいのではないかと思いました。原作映画に一コマ出るのがお好きだった清張先生を、列車にお乗せすることもできますし(笑)。

なるほど。

「戦車に詳しいなら、鉄道にも詳しい」…え?

田中:昔から、モリナガさんの本は家族中で大好きだったこともあります。プラモ好きの家族がいまして、モリナガさんのサイン会に伺って、似顔絵を描いてもらったんですよ。それが、私から見ても、いい感じに描いてくださって嬉しくて。この方に清張先生の似顔絵も描いていただこう、と。

ああ、分かりますねえ。

田中:で、もちろん列車を描いていただきたい、新幹線の絵本も描かれているし(『新幹線と車両基地』)、戦車やその模型のお仕事もすばらしい(『モリナガ・ヨウのプラモ迷宮日記-第1集〔フィールドグレイの巻〕』など)。「戦車にこれだけ詳しいなら、鉄道も詳しいに違いない!」って。

は? ……戦車に詳しいなら、鉄道にも詳しい?

田中:あれ、おかしなこと言っちゃいました? それで、連載をされている模型雑誌の編集部の方に取り次ぎをお願いしまして。

:そうでした。編集部経由で連絡が来て、すごく時間がない感じは伝わってきたわけです。

経緯はよくわかりましたが、しかし、戦車と鉄道って全然ジャンルが違うじゃないですか。

田中:〝男の子の趣味〟って、素地は同じなんじゃないか、と思えてしまって。

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