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清水:料理づくりの上手な先生が、うちの今ある素材でつくると、飛び抜けておいしいものをいっぱいつくります。ところが、研究開発陣だけではこれが極めて難しい。

 これはなぜか。「食の素材の開発」と「メニュー開発」では見ているところが違うんですね。我々というか普通の人は、食べ物の話では素材の話をしているようで、メニューの話をしているんです。

 あくまで例え話やけど、「今日は豆腐を30グラム食うぞ」というやつはまずいない。「今日は冷ややっこを食うか、湯豆腐にするか、マーボー豆腐にするか」という。にもかかわらず、不二製油の開発は、「これは豆腐と比較して、食感とほぐれの数値とか何とかがもうほとんど一緒です」みたいな話を一生懸命してんねんけど、それよりおいしゅう食わしてくれやという話。つまりメーカー向けの商品説明と、消費者の方向けとの違いです。

 数字が近いかどうかじゃなくて、うまそうかどうか。問題はそれだけ。

なかなか伝わらない「おいしそう」の大事さ

清水:同じ味を目指す必要もないかもしらん。例えば鍋や。鍋をやるときに、牛乳鍋ってやるか? あまりやらへんやろ。何でやといったら、しつこくて2杯3杯と食う気にならん。だからシチューになる。ところが、豆乳鍋は見た目は牛乳と一緒だけど、最後まで食うてるやないか。これは食材を似せる話じゃなくて、メニューを替えて勝負することを意味しているね。だけど開発者は、肉に、牛乳に数値でいくらいくら近づく、という話をどうしてもしちゃうわけ。

 なるほど。

清水:ハンバーグやステーキで、大豆とか代替食材で肉に並んだり超えたりするのもそれはそれでやりがいはあるやろけど、そこで勝負するより、例えばミートボールにして、薄いお出汁のスープで煮込んだら、悪いけど肉のだんごよりも大豆のだんごの方がおいしかった……とかね。そういうふうにしたらええわけやろ。そこができてないわと。

 それともうひとつ。僕らの時代の感性、あこがれ、ごちそうだと思う食材も、時代に応じて変わります。我々は「焼き肉」っていうと、それだけでメインですよね。これから出てくる若い子たちは、そうじゃない可能性がある。彼ら彼女らの「ごちそう」は何なのか、もしくは、どんなタイミングで、どう提供されると「ごちそう」と感じるのか。これを技術者も営業も全員が真剣に考えんとあきません。Yさん、話しましたっけ。「貴方は赤いバラをもらったら嬉しいか?」の話……。

 清水社長のお話は次の予定が始まる寸前まで、アクセル全開で続く。ここで終えるのは中途半端に感じられるかと思いますが、完結させるにはまだまだ紙幅が必要なのです。また、チャンスを見てご登場いただこうと思います。