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清水:変えよう、変わろう、と言うのなら、最初に「自分たちは何なんだ、今までは何であったんだ」と、そういうのがしっかり分かっていないとおかしいんですよ。経営観の中に「自分は今ナニモノか、どうしてこうなったのか」がまずあるから、「だから変えようよ」と言えるわけであって。

 Yさんがおっしゃるように、「今やっていたのじゃないことやったらええねん」みたいな話も、たしかに方法論としては成り立つんだけれど、それだけだと非常に不安定ですよね。正しいのかどうか、まったく判断が付かない。なので、社内でも「歴史観を持て」と、ずっと言い続けているんですよ。どうもそういうのが我々は弱いんです。

歴史観。自分はいま、なぜ、どうしてここにいるのか。

清水:そうです。歴史観じゃなくてもいいんですけど、何らかの判断の基準がないと、何を改革すべきか、どう変革していいか分からなくなっちゃう。しかも、たとえ自分は変えるべき理由が分かったとしても、社内にそれを伝えて納得してもらうことができません。なんぼええこと言うても、Yさんが僕の言うことが分からなければ、全然意味ない。Yさんが分かるような言い方じゃないと。それにはやっぱり「今、ここで、我々は何をしているのか」を自覚することから始めるのがいいんです。

とはいえ、業績は1980年代から基本的にはずっと右肩上がりです。これはある程度以上、社会の変化への対応がうまくいっていたから、ではありませんか。

清水:それは、我々がBtoB企業だったからです。言い換えると、“一般消費者”を相手にする商品を扱っている会社ではなかったからだと思います。不二製油は、特定の少数の企業さんをお相手に、その要求に誠実に応えてきた。だから、いわば「市場を自分の頭で考える」必要が少なかったんですね。

大衆という社会の変化に向き合ってきた企業が「どう変わればいいか」を考え続けてきて、不二製油はその解答にしっかり応えていけば、変化に対応できた、と。

清水:そう。もっと簡単に言うと、社会のゆりかごの中で「俺はこんなにすごいんだ」と言い続けて、なんとかなってきた会社なんですよ、我々は。

ゼロからの出発ゆえの強さと弱さ

いや、ご謙遜でしょう。取材させていただいて感じたのは「油脂メーカーとして最後発で、それゆえ、先発が押さえていない原料や市場の隙間を歯を食いしばって探して、そこで培った技術力で、差別化して生き残ってきた」という、しぶといダイハードなイメージなのですが。

清水:そういう一面はあります。たとえば、海外に早くから出た(1973年マレーシアに現地との合弁会社設立)というのは、それしか生きる道がなかった、ということです。日本の油脂マーケットに出ても勝てないし、海外の産地は押さえられていて原料もない。従って、処理が大変だと他社が相手にしなかったパーム油を探したし、産地を見つけ出したし、その処理のために様々な技術を磨くことになった。結果として、革新的になれた。

 これがもし業界の大手さんだったら、設備もあり、技術も人もいますから、突然「いままでの市場や材料を捨てて変われ」と言ってもムリだったと思うけれど、我々はゼロからの出発でしたから、業界的には非常に革新的だったんですね。

おお。

清水:だから、さきほど言われた我々の社是、1968年くらいに作ったと思うんですけど、「不断の革新を断行する」。「断」が二つも入っている。これはもうね、むちゃくちゃへたくそな日本語やと思うんですけど、それくらい「変われ!」って書いてあるんですよ。こんな会社なんですね。もともと。

 そういう意味で、Yさんが言われたことは正しい。不二製油のDNAには「変化しないと生き残れない。あがいてあがいて常に変わり続けろ」と、書いてあるはずなんです。

やっぱり。