会社員になってン十年。そろそろ「定年」ってやつが視界に入ってくる年齢になってしまった。いわば「戦力外」にされる日を意識しながら、モチベーションって保てるものなのだろうか。いや、戦力外と言われたあと、果たして、小さくても誇りを持って仕事を続けることができるのか?
そんな自分が最近見にいった映画「ガチ星」。プロ野球を首になり競輪選手を目指す中年男性の物語。競輪場に行ったことはない、野球場すら数回しかない私なのに、「うーん、これ、面白いだろうか」。正直に言えば義理もあって行ったのだけれど、見てびっくり。気持ちが震えて止まらない。
戦力外通告を受けた元プロ野球選手。パチンコや酒に溺れ、妻子と離れてゲス不倫――。崖っぷちの主人公が、再起をかけて挑むのは「競輪」! 過去の栄光が通じない世界に飛び込む主人公の前に立ちはだかるのは、過酷なトレーニングと20歳以上も離れた若者たちの冷ややかな視線。そして、自堕落な生活が染みついてしまった“自分自身”だった。
(映画「ガチ星」公式ホームページから引用)
本来ならば、この映画を撮った監督である江口カン氏(これが商業映画デビュー作)にインタビューするのがスジですが、ここはあえて、映画を観た男性同士で「戦力外」と言われた人間の話をしてみたいと思います。
ご登場願うのは、江口監督と同じく広告業界に身を置き、数多くの映画を観てきた岡康道さん。当サイトでは、小田嶋隆さんとの対談「人生の諸問題」でもお馴染みです(ちなみに、諸問題で映画を語り合った回は「『いい映画』は、1年あればほぼ全部見られるよ ~語り合おう、あの時に見たあの映画『青春の5本』その1」からどうぞ)。
試写会は困るから行きたくない
岡 康道(おか・やすみち)クリエーティブディレクター、CMプランナー、コピーライター。1956年8月15日生まれ。佐賀県嬉野市出身。1980年早稲田大学法学部卒。同年、電通に営業職として入社。85年にクリエーティブ局へ異動。99年7月に退職してクリエーティブエージェンシー「TUGBOAT」を設立。主なCM作品は、サントリー、TOYOTA、NTTドコモ、大和ハウス、日清食品、キヤノン、サッポロビール、JR東日本、富士ゼロックス、富士フイルム、JRA、住友生命、Sansan、ZOFFなど、数々の企業ブランドキャンペーンを手掛ける。
突然「ガチ星、お金払って見に行く価値ありますよ!」なんてメールをお送りして、失礼しました。
岡:いいえ、助かりました。何度か江口さんの事務所から、試写会をやるので来てくださいとお誘いいただいていたんですけど、試写会って難しくて、だって、つまらないときに本当に困るんですよ。
分かります。「これ、どこを面白がればいいんだ」ということは、残念ながらありますから。
岡:うん、ありますよ。そういうときってさ、まあ、友情をもう構築しないと決めるか、うそをつくかしかないんですよ。どっちもつらいじゃないですか。
どうされるのでしょうか。
岡:まあ、当然、うそをつく方を選ぶんですけど、それも嫌なことなので行かなかったんですね。でもYさんから「見て損はないですよ」と背中を押されたので映画館に行ったら、こりゃ久々に面白いなと思って江口さんにメールしたんです。
あ、江口監督にメールしましたか。
岡:うん。「よかった、面白かった、いい映画、ありがとうございました」と。そうしたらすぐ返事が来て、「岡さんに褒められることは一生ないと思っていましたので、すごくうれしいです」って。えっ、俺、そんなに(笑)。
あははは、怖がられていますね。
岡:え、怖いということ? 何で?
いや、何ででしょう。
岡:それは見てくれ?
見てくれは確かにあるかもしれません。
岡:見てくれはあるよね。
あります、あります。上背はあるし、着ているものはいいし、目つきは鋭いし。
岡:その点、小田嶋は怖そうにならないじゃないですか。
「ちょっと偏屈そうだな」とは思われそうですけど。で、岡さんは、江口さんといっしょに広告のお仕事をされたんですよね。
岡:僕、江口さんとの出会いは10年以上前なんですけど。2007年からかな。九州の人に「鹿児島に行こう」とアピールするJR九州のキャンペーンを作っていたんですね。2007年から始まって、2年間、何本もやらせてもらいました。
岡:それで、せっかくなら若手の現地のスタッフとやろうということになったんですね。まあ、それはお金がないということもあったんですけど。そこで江口さん、今も若いけれど当時はもっと若くて、そこで、やっぱり才能があるというか、骨太な演出をして、すごくいいなと思っていたんです。でも江口さんは僕が怖かったらしくて……。
まあまあ。
岡:で、その仕事が終わったときに、「これからもっと有名になるだろうけど、福岡から離れちゃだめだぞ、九州から離れちゃだめだぞ」ということを言ったんですよ。ちょっと売れて東京に出てきて、だめになっていく監督たち、カメラマンたちを、結構知っていたので、そうならないでほしいなと思ってちょっといいかげんなことを言っちゃったんですけど。それについては江口さんが今、どう思っているのか、あるいは忘れちゃっているのか、あるいは覚えているのか分からないけどね。
私は江口さんとは、ナイキの「NikeCosplay」がご縁で最初にお会いしたんですが、うわ、これ、2006年か! ……そのときにも、博多に本拠地があることにこだわっておられましたね。純粋な広告以外のお仕事も、福岡ローカルのテレビドラマから始められたという。
岡:そうそう。江口さんは地元の連ドラでまず好評を博したんだよね。
そうです。「めんたいぴりり」(テレビ西日本)という連ドラの監督をされて(「九州の朝ドラ「めんたいぴりり」首都圏上陸!」)、その後、東京五輪のプレゼンテーションのムービーで名を売って(こちら)。
そして映画「ガチ星」の企画を立ち上げて、紆余曲折あったらしいですけど、インタビュー(記事末尾参照)によれば東京では「競輪の映画なんて」と相手にされず、2016年の春に深夜ドラマとしてやはりテレビ西日本で4回に分けて放映されて、今回、それが再編集されて映画にまとまった。というお話です。
岡:じゃあ、あの映画の内容が4回に分けたとはいえテレビで放送されたってことですか。だとしたら、それはそれで大したもんだな。素晴らしいわ。めったにないよね、あんなドラマがテレビで放映されることって。
こういう、作品そのものが映画になっていく経緯も含めて、諦めずにやり抜いたのはすごい。と思う一方で、ドラマの内容には、自分自身を、戦力外になる「定年」をリアルに感じる年齢になってしまったそんな自分を、思わず重ねてしまうわけです。
岡:そうなの?
もちろん、主人公の濱島と年齢は違うんですけれど、「このまま、うだつが上がらないまんまだとして、果たしてもう1回、再チャレンジする、もがく気力というのが残っているのだろうか……」と。
岡:もがけるのかと(笑)。作中のキーワードだよね。
「ガチ星」の主人公、濱島。福岡ダイエーホークスをクビになり、友人の居酒屋を手伝って食いつなぐが… (映画「ガチ星」)
ダメな人間として、もがく人として
はい、自分はまだもがけるんだろうか、みたいなところを厳しく問われているような気もするわけです。
岡:なるほど、だけどさ、もちろん「ガチ星」は、人間の“ダメさ加減”というか、男の……今時は、男のって言わない方がいいのかもしれないけど、まあ、人間のダメなところを描くわけだよね。その対抗、そのダメさと戦うためのものとして、「もがく」というのが大きな主題としてある。その2つの主題がぶつかるということになっているんだけど。結局ね、でもそれはそうなんだけど、最後に残るのは何かというと、全体を包む愛おしさ(いとおしさ)ですよね。だから感動したんだと思うんだけど。
なるほど……。
岡:人って愛おしいな、という、最も基本的な、僕らが最も本質として携えなければいけない、でもつい忘れちゃうことを、江口監督にもう一度こう、言われたような気がして、僕はすごく見てよかったと思ったんです。
濱島はダメ人間として描かれますけれど、プロ野球の選手にまでなったわけだから、「ずっとダメなやつ」の話じゃないんですよね。一時、例えば10年間ぐらいいい時代があったはずなんです。運動選手って、突き詰めて言えばみんな“ちょっといい時”があるもので、別に全国に名前が売れてなくても、クラスの中では大きな顔をしていたりとか、あるわけじゃないですか。
ありそうです。
岡:そんな時は、学校にわざとジャージで行ってみたり。あるいは松葉づえとか突いて。普段、授業、行かないくせに、そんなことをして。
ちょっとしたひけらかしなんですね。
岡:そうなんですよ。エリート意識というんですかね、それはもしかしたら東大生とかが持っているものも同じようなものかもしれないけど、「自分が認められているような感じ」がするからやってしまう。錯覚ですけど。「承認されている」「ちやほやされる」でもいいけど、そういうような時間というのが、スポーツ選手でも、あるいは勉強の出来る子とかには、確かにあって。だけどそれには終わりが来る。
every dog has his day.
岡:東大生は卒業と同時に一社会人になるし、運動選手も引退したらただの体の大きな人になって、その後、どうするの? という。これって、人生の色々な局面で、誰しもが味わうことだと思うんですよね。「ガチ星」は、それを「プロ野球選手人生が終わって、さあどうしよう」という話で、一番劇的に描いたんです。
そういうことか。
岡:なぜプロ野球の選手かというと、だって、会社員になっちゃう人はね、そんなにダメになれない。それまで管理されている、制御されているでしょう、ルールによって。
確かに。会社人生が終わっても、いきなり濱島みたいなことはできないかも。
岡:会社に行かなきゃいけないし、帰らなくちゃいけない。そういうルールがあるから意外とダメにならない、逆に言えば劇的にはならない。
僕は、スポーツ選手として輝いた後に会社員になった人をたくさん知っているんですが、わりと、ダメになっているんですよね。ダメになってどうなっているかというと、多くは思い出をいつも横に置いて生きているんですよ。
スポーツ選手の思い出を捨てて、これからは会社員だ、それが自分のセカンドライフだと割り切ったやつらは、うまくいっています。だけどやっぱり思い出がいつも隣にいるように過ごしているやつらは、だめですよ。
思い出磨きに浸りたいけれど
でもそれ、スポーツ選手じゃなかった普通の会社員としてもすごく分かりますよ。誰だって、実は心の中で、自分の会社員人生の中でちょっとでも華やいだ一瞬というのを、いつまでもいつまでも磨き続けているような気がしますよ。
岡:そうそう。それは人間として自然なことだと思うしさ、そのことを否定するわけじゃないけど。
されちゃあ、たまりませんが(笑)。
岡:うん。でもやっぱり本当は次に向かって歩き始めなきゃいけないし、感傷というのは僕にももちろんあるかもしれないけど、「感傷より次のこと」というのをテーマに生きなきゃいけないじゃないですか。そこで改めて考えてみると、あの人は、「ガチ星」の主人公、濱島は、感傷には浸ってないんです。
あれ? ……確かにそうですね。プロ野球時代の栄光を抱きしめてはいない。
岡:うん。あの人は断ち切ったんですよね。飲み屋に勤めて、いろいろな過ちも続けて、うまくいかないまま7年でしたっけ、8年でしたっけ。でもあるとき、次にいくために競輪学校に入り、物語はそこから始まりますよね。
そうですね。
岡:だからやっぱり、彼は「次」を目指したんだと思うんですね。うまくいったかどうかは、もうあんまり意味がないというか、どうでもよくて、それよりもやっぱり「目指した」ということに意味があるし、その目指す過程のぶざまさが、ひたすらにいとおしいんですよ。
そうですね。
岡:そういう映画ってあんまりないもんね。
ないですね。
それはカタルシスなのか
参考にと思って、レビューをいろいろ読んでみたら「カタルシスが足りない」って言っている人がいますね。もっとすかっとさせろよと。
岡:Yさん、見終えて、気持ちがふっと楽にならなかった?
なりました。でも、あれをカタルシスと言っていいのかわかりません。
岡:でもさ、人生にさ、カタルシスなんてないじゃないですか。
またまたそんな混ぜっ返しを(笑)。
岡:いや、本当ですよ。だから僕はカタルシスがない方が好きです。カタルシスって、想像の中にあるものだと思うんですよね、イマジネーションの中に。それを「こうだよね」と見せられちゃうと……まあ、それでいいと割り切っているハリウッド映画もあるけど。じゃあ、小津の映画にカタルシスがあったのかと。ないじゃないですか(笑)。
つまり「ガチ星」のテーマは、結果よりも、もがくこと、もがけること、そのものに意味がある、ってことなんでしょうか。
岡:いや、もがくことにはもちろん意味はあるけど、そこがテーマではないんですよね。もがくしかないじゃない、道は。もがかないという選択はないから。
それは確かに(笑)。もうそれしか残っていない。
岡:だからもがくんだけど、それがダメであろうとも、愛おしいということです。人間は愛すべきものだということが、やっぱりテーマなんだと思いました。もがけたかどうかではないと思うんですね。だって、もがくのは、みんなもがいているんだと思うんですよ。
そういえば、そういう話でした。
ここから次ページまでネタバレです
【以下ネタバレがあります。もしこの映画をご覧になるお気持ちになってきた場合は「こちら」で次ページへジャンプ(スマホの場合は、PCページに飛ぶ可能性があります。すみません!)して、鑑賞終了後にぜひ、またお読み下さい】
途中で濱島がこう、なんというか、踊り出すじゃないですか。あれってそういうことに、もがく人生のいとおしさに気がついた、ということなんでしょうか。
岡:いや、あれはさ、「自分は、自らのセカンドライフを生きなきゃいけない、生きるべきだ」ということに気がついたということですよ。
え、濱島は競輪学校を出て、選手にもなったけれど、まだ競輪選手として生きていたわけではない?
岡:わけではなかったんでしょうね。やっぱり何となく流れのままにやっていて。
うーん……。
岡:たとえば、サラリーマンが定年になって関連会社に再就職することってよくありますよね。
あります。
岡:でも……
あっ……
岡:僕が見る限りは、それまでの流れとして再就職するのではなく、なんなら断って自分で何かを始めたやつの方が、やっぱり生き生きしています。
なるほど。言われてみれば濱島は、どこか意地もあって競輪選手という人生に乗り換えていたけれど、もう1人の主人公みたいに「これしかないですから」みたいな感じの開き直りまではいってなかったですね。
岡:じゃあないですかね、濱島は。
ハートに火をつけろ!
いや、すごくそれ、腑に落ちます。なるほど。
岡:だから、そこまで追い詰められてはいなかったんですよ、濱島は。
そしてあそこで完全に……その通りですね。いや、すごい。さすが岡さん。
岡:例えば会社員だったら、定年後に関連会社に行って、4年ぐらいいられたとしても、普通はその後、完全にアウトになるでしょう。
流されてしまえば楽ですが、何かを始めるのがすごく難しくなっていく。自分で何かを始めるためには、予め人間関係をつくるでもいいし、資格を取るでもいいんだけど、年に関係なくそういうことをしていないと。それは「また次の人生を始めるんだ」という、もがく覚悟が必要だと思いますけど。
戦力外通告を突きつけられる自分も想像したくないけれど、だったら、自分でもがく覚悟ができるのか、と我が身を省みて思います。が、それでも、ラストシーンの濱島はとても魅力的でした。まさか競輪映画が会社員の自分にここまで刺さるとは思いませんでした。
岡:この映画はスポーツ映画でもありますよね。人はなぜスポーツを見るのか、大きな理由が2つあるんですけど。1つは、圧倒的なパフォーマンスを見たいというもの。いわば芸術作品を見るような、それだけで涙が出るような身体能力を見せつけられる喜びですね。例えばスーパーボウル、オリンピック、メジャーリーグ。
もう1つは、選手ひとりひとりの物語。そのハイライトシーンとしてのこの現場。人生を読み込んで、物語として見る。これは、日本のプロ野球を見るとか、甲子園を見るとか。
甲子園はまさにそうですね。
岡:おそらく競輪はそっちのジャンルに属するんです。そもそも選手ひとりひとりの出身地が出ていますよね。僕は競輪ファンではないのでよくは分からないんですけど、競輪が好きな人って、試合と選手の中に物語を読んでいるんだと思うんです。
確かに。
岡:その2つの理由のどちらもあって僕はスポーツを見ますけれど、どっちが好きかといったら、甲子園の方が好きなんですよ(笑)。江口さんがこの映画でやろうとしたスポーツは明らかに後者の方ですよね。
なるほど、その文脈にうまくハマりますね。
岡:他にも面白いディティールはたくさんあるけれど、ネタバレになっても困るんでしょう、そばでも喰いに行かない?
いいですね(笑)。あとは見てのお楽しみということで。
主演俳優の安部賢一さん(普段はしゅっとしたイケメンでびっくり!)、江口監督へのインタビューは読み応えがあるものがいくつもあります。一部をご紹介しておきますので、ご興味が湧いたらぜひ。
●日刊サイゾー
『ガチ星』全国公開記念クロスインタビュー このドロ臭さは、「競輪版ロッキー」と呼びたい!! 『ガチ星』が生ぬるい邦画界に追込みを掛ける(こちら)
●朝日新聞デジタル
俳優・安部賢一さん「主演が決まった時、号泣しました。これは僕の物語です」 映画『ガチ星』インタビュー(こちら)
●シネマジャーナル
『ガチ星』江口カン監督 インタビュー(こちら)
・映画「ガチ星」公式ホームページ
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