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every dog has his day.

:東大生は卒業と同時に一社会人になるし、運動選手も引退したらただの体の大きな人になって、その後、どうするの? という。これって、人生の色々な局面で、誰しもが味わうことだと思うんですよね。「ガチ星」は、それを「プロ野球選手人生が終わって、さあどうしよう」という話で、一番劇的に描いたんです。

そういうことか。

:なぜプロ野球の選手かというと、だって、会社員になっちゃう人はね、そんなにダメになれない。それまで管理されている、制御されているでしょう、ルールによって。

確かに。会社人生が終わっても、いきなり濱島みたいなことはできないかも。

:会社に行かなきゃいけないし、帰らなくちゃいけない。そういうルールがあるから意外とダメにならない、逆に言えば劇的にはならない。

 僕は、スポーツ選手として輝いた後に会社員になった人をたくさん知っているんですが、わりと、ダメになっているんですよね。ダメになってどうなっているかというと、多くは思い出をいつも横に置いて生きているんですよ。

 スポーツ選手の思い出を捨てて、これからは会社員だ、それが自分のセカンドライフだと割り切ったやつらは、うまくいっています。だけどやっぱり思い出がいつも隣にいるように過ごしているやつらは、だめですよ。

思い出磨きに浸りたいけれど

でもそれ、スポーツ選手じゃなかった普通の会社員としてもすごく分かりますよ。誰だって、実は心の中で、自分の会社員人生の中でちょっとでも華やいだ一瞬というのを、いつまでもいつまでも磨き続けているような気がしますよ。

:そうそう。それは人間として自然なことだと思うしさ、そのことを否定するわけじゃないけど。

されちゃあ、たまりませんが(笑)。

:うん。でもやっぱり本当は次に向かって歩き始めなきゃいけないし、感傷というのは僕にももちろんあるかもしれないけど、「感傷より次のこと」というのをテーマに生きなきゃいけないじゃないですか。そこで改めて考えてみると、あの人は、「ガチ星」の主人公、濱島は、感傷には浸ってないんです。

あれ? ……確かにそうですね。プロ野球時代の栄光を抱きしめてはいない。

:うん。あの人は断ち切ったんですよね。飲み屋に勤めて、いろいろな過ちも続けて、うまくいかないまま7年でしたっけ、8年でしたっけ。でもあるとき、次にいくために競輪学校に入り、物語はそこから始まりますよね。

そうですね。

:だからやっぱり、彼は「次」を目指したんだと思うんですね。うまくいったかどうかは、もうあんまり意味がないというか、どうでもよくて、それよりもやっぱり「目指した」ということに意味があるし、その目指す過程のぶざまさが、ひたすらにいとおしいんですよ。

そうですね。

:そういう映画ってあんまりないもんね。

ないですね。

それはカタルシスなのか

参考にと思って、レビューをいろいろ読んでみたら「カタルシスが足りない」って言っている人がいますね。もっとすかっとさせろよと。

:Yさん、見終えて、気持ちがふっと楽にならなかった?

なりました。でも、あれをカタルシスと言っていいのかわかりません。

:でもさ、人生にさ、カタルシスなんてないじゃないですか。

またまたそんな混ぜっ返しを(笑)。

:いや、本当ですよ。だから僕はカタルシスがない方が好きです。カタルシスって、想像の中にあるものだと思うんですよね、イマジネーションの中に。それを「こうだよね」と見せられちゃうと……まあ、それでいいと割り切っているハリウッド映画もあるけど。じゃあ、小津の映画にカタルシスがあったのかと。ないじゃないですか(笑)。

つまり「ガチ星」のテーマは、結果よりも、もがくこと、もがけること、そのものに意味がある、ってことなんでしょうか。

:いや、もがくことにはもちろん意味はあるけど、そこがテーマではないんですよね。もがくしかないじゃない、道は。もがかないという選択はないから。

それは確かに(笑)。もうそれしか残っていない。

:だからもがくんだけど、それがダメであろうとも、愛おしいということです。人間は愛すべきものだということが、やっぱりテーマなんだと思いました。もがけたかどうかではないと思うんですね。だって、もがくのは、みんなもがいているんだと思うんですよ。

そういえば、そういう話でした。