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:それで、せっかくなら若手の現地のスタッフとやろうということになったんですね。まあ、それはお金がないということもあったんですけど。そこで江口さん、今も若いけれど当時はもっと若くて、そこで、やっぱり才能があるというか、骨太な演出をして、すごくいいなと思っていたんです。でも江口さんは僕が怖かったらしくて……。

まあまあ。

:で、その仕事が終わったときに、「これからもっと有名になるだろうけど、福岡から離れちゃだめだぞ、九州から離れちゃだめだぞ」ということを言ったんですよ。ちょっと売れて東京に出てきて、だめになっていく監督たち、カメラマンたちを、結構知っていたので、そうならないでほしいなと思ってちょっといいかげんなことを言っちゃったんですけど。それについては江口さんが今、どう思っているのか、あるいは忘れちゃっているのか、あるいは覚えているのか分からないけどね。

私は江口さんとは、ナイキの「NikeCosplay」がご縁で最初にお会いしたんですが、うわ、これ、2006年か! ……そのときにも、博多に本拠地があることにこだわっておられましたね。純粋な広告以外のお仕事も、福岡ローカルのテレビドラマから始められたという。

:そうそう。江口さんは地元の連ドラでまず好評を博したんだよね。

そうです。「めんたいぴりり」(テレビ西日本)という連ドラの監督をされて(「九州の朝ドラ「めんたいぴりり」首都圏上陸!」)、その後、東京五輪のプレゼンテーションのムービーで名を売って(こちら)。

 そして映画「ガチ星」の企画を立ち上げて、紆余曲折あったらしいですけど、インタビュー(記事末尾参照)によれば東京では「競輪の映画なんて」と相手にされず、2016年の春に深夜ドラマとしてやはりテレビ西日本で4回に分けて放映されて、今回、それが再編集されて映画にまとまった。というお話です。

:じゃあ、あの映画の内容が4回に分けたとはいえテレビで放送されたってことですか。だとしたら、それはそれで大したもんだな。素晴らしいわ。めったにないよね、あんなドラマがテレビで放映されることって。

こういう、作品そのものが映画になっていく経緯も含めて、諦めずにやり抜いたのはすごい。と思う一方で、ドラマの内容には、自分自身を、戦力外になる「定年」をリアルに感じる年齢になってしまったそんな自分を、思わず重ねてしまうわけです。

:そうなの?

もちろん、主人公の濱島と年齢は違うんですけれど、「このまま、うだつが上がらないまんまだとして、果たしてもう1回、再チャレンジする、もがく気力というのが残っているのだろうか……」と。

:もがけるのかと(笑)。作中のキーワードだよね。

「ガチ星」の主人公、濱島。福岡ダイエーホークスをクビになり、友人の居酒屋を手伝って食いつなぐが… (映画「ガチ星」)

ダメな人間として、もがく人として

はい、自分はまだもがけるんだろうか、みたいなところを厳しく問われているような気もするわけです。

:なるほど、だけどさ、もちろん「ガチ星」は、人間の“ダメさ加減”というか、男の……今時は、男のって言わない方がいいのかもしれないけど、まあ、人間のダメなところを描くわけだよね。その対抗、そのダメさと戦うためのものとして、「もがく」というのが大きな主題としてある。その2つの主題がぶつかるということになっているんだけど。結局ね、でもそれはそうなんだけど、最後に残るのは何かというと、全体を包む愛おしさ(いとおしさ)ですよね。だから感動したんだと思うんだけど。

なるほど……。

:人って愛おしいな、という、最も基本的な、僕らが最も本質として携えなければいけない、でもつい忘れちゃうことを、江口監督にもう一度こう、言われたような気がして、僕はすごく見てよかったと思ったんです。

 濱島はダメ人間として描かれますけれど、プロ野球の選手にまでなったわけだから、「ずっとダメなやつ」の話じゃないんですよね。一時、例えば10年間ぐらいいい時代があったはずなんです。運動選手って、突き詰めて言えばみんな“ちょっといい時”があるもので、別に全国に名前が売れてなくても、クラスの中では大きな顔をしていたりとか、あるわけじゃないですか。

ありそうです。

:そんな時は、学校にわざとジャージで行ってみたり。あるいは松葉づえとか突いて。普段、授業、行かないくせに、そんなことをして。

ちょっとしたひけらかしなんですね。

:そうなんですよ。エリート意識というんですかね、それはもしかしたら東大生とかが持っているものも同じようなものかもしれないけど、「自分が認められているような感じ」がするからやってしまう。錯覚ですけど。「承認されている」「ちやほやされる」でもいいけど、そういうような時間というのが、スポーツ選手でも、あるいは勉強の出来る子とかには、確かにあって。だけどそれには終わりが来る。