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:思いついてなかった。そういう手があるんだ、という感じです。

今思うと早まったかな、みたいなことはないですか。生活を安定させつつ描きたいモノを描いて、警察という仕事への親しみを持たせ、誤解も解く、ということもできたかもしれません。

:そうかもしれません。でも、モーニングで連載ができるんだったら辞める価値があるというか。これも申し上げましたけれど、私は警察官としては全然優秀じゃなくて、普通の地味な仕事をずっと定年までやっていくんだ、と思っていたんですけど、ただ自分にやれることがあるんだったらそっちをやったほうがいいのかなと。ちょっとうまく言えないんですけれど。

では、そもそも警察官になろうとしたのはどういう流れで?

:公務員で受かったのはここだけだった、ということもありますが(笑)。うーん、ちっちゃいころからニュース番組とかを見るのがすごく怖くて。交通事故のニュースとか殺人事件のニュースとかですね。それは、小さいころから母が「自分の大事な人に置き換えて考えるようにしなさい」という人で、そう考えると本当に怖かったんですよ。だから、被害者支援とか防犯とか交通安全とかそういう仕事をしてないと怖くなって、それで仕事を選んだ感じですかね。

おお。

要領のいい娘に、母が放ったひとこと

:実は自分で言うのもなんですけど、私は要領はすごくいいんです。

いいんですか。

:すごく。要領のよさにかけては、自負心がちょっとある。というのも、うちの一族は、パートリーダーを数多く輩出している名門なんです(笑)。

え、パートリーダー? 吹奏楽部?

:いやいや、パート先でうちの一族の人が続々とリーダーになっていくという(笑)。

あ、そうか、現場のリーダーに選ばれる一族。

:与えられた仕事を人より頑張ってこなすということについては、ちょっと自信があります。秀でたものは何もないですけど、それだけは。

将軍ではないけれど、現場のパワー、組織の背骨、下士官を輩出してきた名門。先ほどのお話でも思ったんですが、これは、お母様のご教育というのが、おそらく効いているんでしょうね。

:そうですね。母がちょっと特殊だったかもしれません。私が高校のころ、文章がちょっと得意だったのと絵がクラスで2~3番目にうまかったので、なんとなく「マンガ家になろうかな」とぱっと言ったときに、母が、「よし、じゃあ、医師免許を取るんだね」と。

タカハシ:はい?

:何でそうなるんだろうと思ったら、母はマンガ家と言えば手塚治虫先生しか知らなかったみたいで。

『ブラック・ジャック』ですか。

:はい。手塚治虫先生は医師免許を持っているから、ということで。

はあ。

:私もよく意味が分からなくて「いや、ちょっと医師免許は取れないかな」と言ったら、「じゃあ、何かしら社会で一目を置かれるくらいの仕事を身に付けてから、ものを描く仕事をやりたいんだったらやったら」と言われて、その一言でもう心が折れてあきらめて、警察官になったんです。

凄い。異論もあると思いますが、すごくまっとうな言葉に思えます。自分、いい年になっておりますが、その言葉に恥じるところ大です。

タブチ:いや、いいお話です。一部の天才を除いた普通の人間が、自分の頭の中とか自分の個性だけで、大人の読者を相手に勝負しようと思っても無理だよな、ということだと思います。泰さんのデビューと今回のお話は、モーニングにとってもすごくうれしくて、この記事を読んで、社会で一目とまでは言わずとも、その方なりの面白い仕事、体験をした人がマンガを持ってきてくれることが増えないかなと。

ご主人、酔っぱらう

ありがとうございました。あ、ところで、これは立ち入った話ですが、泰さんの夫のかたはどう言っていらっしゃったんですか、公務員を辞めて、マンガ家になるということに。

:主人は「任せるよ」という感じですね。ある程度の収入を得られるんだったら、あとはもう好きにしていいよという感じだったので。

いいパートナーですね。

:一族の誰も止めなかったです、こちらも「あれ、誰も止めないの」と思った(笑)。

タブチ:そうですね。止められなかったとおっしゃっていました。

あ、タブチさん、泰さんのご主人にお会いになったんですか。

タブチ:はい、いっしょにお食事を。ものすごくびびって行ったんです。お前がうちのを唆したのか!って怒られたらどうしようと。

びびりますよね。

:主人にはそんな考えはなかったんですけど。というか、主人も緊張していたみたいです。

ああ、泰さんのことを心配されていたんですね。

:あんなに主人が酔っ払ったのは初めて見ました。たぶんこういうことは、これが最初で最後だと思いますけれどね(笑)。