Y:だから我々は、酒やらなにやらの依存先を、小田嶋さんの言い方に依れば「詐術の1つ」として求める。でないとやっていられない。

小田嶋:そうです。本にも最後に書きましたけれど、皆さん、アル中の気持ちを体験してみたいなら、画面が割れたとか電池が寿命だとかで、3日間スマホなしの生活をしてみればいいわけです。ほとんどの人が禁断症状に襲われるはずで、これとすごく近い。

Y:あ、いま自分自身すごく腑に落ちました。不安や、つらいことがあったり、あまりモチベーションが上がらない仕事をやっているときに、気づくとふっとスマホを出して、Twitterとか見ているんですよね。それで、何か特別面白い話を読んだわけでもないのに、その後って何となく落ち着いているんです。確かに、アルコールがもたらす作用と似ているかもしれない。

小田嶋:そういうのはスマホだけに限りません。「テトリス」みたいなものへの依存ってあるじゃないですか。

Y:聞いたことがありますね。

ソリティア、マインスイーパ-ならできる理由

小田嶋:どなたかが書いていてなるほどと納得したんですが、「自分がうつになったときに『テトリス』だけはできた」というんですよ。生産的なことは仕事も家事も何もできなくなっていたときに、「テトリス」だけできたと。自分も原稿がどうしてもやりたくないときに、何もしないのかというと、「ソリティア」か何かやっているんですよ。

Y:「マインスイーパー」をずっとやっているという人の話も読んだ記憶があります。

小田嶋:そうそう。同じです。あれはまったくの無じゃなくて、何か頭の一部だけを使っている。あれはじきに依存を形成するんだけど、やっているときに、心の中に平安が訪れている。酒も、あるタイプの飲み方をしている人たちは、取りあえず酒が入っていると、それが素晴らしくいい気持ちだ、とかいうんじゃなくて、平安なんです。

 「ソリティア」や「マインスイーパ」を2時間でも3時間でもやっている人は、それに似た状況に入っているんじゃないですかね。別に、クリアしたり高得点を取りたいからじゃないと思う。で、スマホがこうした単純なゲームと似ているのは、「これこれの情報がぜひ欲しい」から触るわけじゃなくて、自分の頭で何か考えなきゃいけないことがつらい、面倒くさいからなんじゃないかと思うんですよ。

Y:そうか。やりたくない仕事、解決できそうもない不安に対して、直面して考えるのが嫌だから、自分のプロセッサーの処理能力をそっちに食わせちゃえ、みたいな。

小田嶋:そう。それ。プロセッサーの処理能力という言い方はいいと思いますよ。

Y:納得しました。つまりそっちに処理能力を取らせてしまえば、心配事が消えたわけじゃないけど、心への負荷が一時的に和らぐんだ。

小田嶋:そう、取りあえずね。例えば、失恋したばっかりのときに、ふっと暇になるとそのことを考えちゃう。それが嫌だからやたら仕事に励むとか、そんな感じ。

Y:うわ、分かる。しかも、スマホってものすごく安楽だしどこでも使えるし。「あなたが辛くなったときには、自動的に目を通して沈静用の薬液が供給されます」みたいな感じですね。こわ。

小田嶋:それで5秒とか10秒の時間をつぶしてくれるでしょう。

Y:確かに。

小田嶋:ちゃんとした時間じゃなくて。その電車の中の移動の7分とかそういう時間をちょっと見ていられるという、あの感じというのはすごく依存に近い。

依存は特殊なことではない、と、スマホで思う

Y:そこで「じゃ、スマホ依存って悪いことなのか」という疑問も出ると思いますが。

小田嶋:それは必ず悪いということでもないし、酒ほどは間違いなく悪いものじゃないです。酒をやめるときだって、要するに「無難な依存先に乗り換えようよ」ということではあるわけですよ。依存というものを人間の生活の中から外そう、ということじゃなくて。

Y:そうですね。全ての不安や不快をなくすことは無理なんですから。

小田嶋:無難な依存に乗り換えようよというところの中に、ランニング依存だとか、サッカー依存だとか、鉄道依存とかタカラヅカ依存だとかがある。なんならちょこちょこ依存先を変えていきましょうということです。「ネット断捨離」ってのも、もしかしたら時々やってもいいかもしれませんが、自分が言いたいのは、依存というのが特殊なことだと思っている人が多いけど、実はみんながしているんですよ、という話です。

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