Y:逃げ場や、断りようがない形での関係性を強要された、と感じるわけですね。ああ、だから飲み会が嫌だったんだな。

小田嶋:飲みニケーションが崩壊したというのは、その関係性を強要されるメリットが弱くなったことでもある。「会社は特に俺たちを大事に思っていないらしいぞ、だったら先輩と無理に付き合う必要もない」という意識の変化が効いているんですよね。

Y:集団に帰属しても見返りが小さそうだ、と。だったら奢られるよりも、割り勘で借りを作らないほうがいい。

小田嶋:そうそう。飲むということが等価交換、割り勘で飲む世界になった瞬間に、「あんなおっさんと一緒に飲んでもしょうがないじゃん」と。そして、割り勘で飲む以上つまらない説教は聞きません、と。

割り勘でも飲みたい相手と行けばよい

Y:要するにそういうことですか。

小田嶋:そういうことですよ。最初に言ったけど、酒ってやっぱり人間と人間をつなぐ紐帯みたいな部分を持っている。だけど、それは等価交換の人間関係じゃないんですよ。やっぱりどこか上下関係だったり主従関係だったり、何かを含んでいる。

Y:「飲め」と言われたら飲まないわけには...みたいな感じの。

小田嶋:そう。「俺の酒が飲めないのか」というあの言い方に現れている。

Y:そうそう。あれが嫌で仕事相手と酒飲みに行きたくなくなった。強制されるのも嫌だし、酒ごときをさらっとこなせない自分も嫌になるし。

小田嶋:若手が飲みに行かないというのは、「俺の酒が飲めないのか」という言葉が出そうな雰囲気が、誘っている方、あるいはその会社の中にあるのを感じるからじゃないかと思いますね。「酒が取り持つ主従関係」みたいな。

Y:それを醸し出さない相手となら、もしかしたら若手も飲みに行きたいかもしれませんね。割り勘で(笑)。誘いたい方、行ったものかどうか迷っている若手の方、この辺が判断基準になるかと。

 とはいえ、ストレスやらなにやら、自分を不機嫌にする材料は残念ながら生きていれば事欠かないわけで、そういう辛さから自分を救うものが、依存だったり、嗜癖だったりする、とも小田嶋さんは『上を向いてアルコール』で書いています。

「大きな枠組みから言えば、われわれは結局のところなにかに依存していて、その依存先を都合次第で乗り換えているということですよ」(P141)

「つまりまあ、わがままに生まれついてしまった人間は、他人から見れば好き放題に言いたいことを言っていてえらく気楽に見えるのかもしれませんが、本人としては、自分を機嫌良く保っておくそれだけのことにいつも苦労している。」(P144)

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