新社会人の皆様、就職おめでとうございます。日頃ご愛読いただいている日経ビジネスオンライン読者の皆様にも、ご子息が社会に出られる方が数多くいらっしゃると思います。今回は、弊誌サイトの人気筆者、小田嶋隆さんに、担当編集の私がインタビューする形で、仕事について、ためになるお話をしていただこうと思います。長くお読みの方はお分かりの通り、これ、企画的に話す方も聞く方も完全に人選ミスですが、普通のコラムとは違う点から、なにかお持ち帰りいただけるのではと祈っております。「え、オダジマタカシって誰?」 という方はこちらをどうぞ。
(担当編集Y)
Y:『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』、3刷り突破だそうでおめでとうございます。小田嶋さんのアルコール中毒の経験談は書いてほしい話でしたし、長いお付き合いなのに知らない話がいっぱいあって面白かったです。
小田嶋:結果論ですけど、語りおろしスタイルだったのはよかったような気がしますね。私の文章だとやっぱり回りくどいから、こういう、扱いが難しい話を書くと印象としてちょっと重いものになると思うんですけど、語り口なので読みやすくはあるんじゃないかと。
Y:しかも、さすがミシマ社さんのお仕事だけあって、ところどころに「コラム」が入っていて、小田嶋さんの文章好きにも嬉しい。「酒と文章」「ヨシュア君とのこと」、とても面白かったです。
小田嶋:全部語り下ろしだと何かぬるいものになってしまうから、書いたものも入った方が引き締まるというのはあったかなと思います。
Y:あと、表紙や中面のイラスト。これは『ポテン生活』の方ですよね、木下晋也さん。この組み合わせは思いつかなかった。小田嶋さんのこの本に雰囲気ぴったりです。
小田嶋:たしか私がしゃがんで吐いている絵を、ポップ向けに描いていただきました(笑)。
アルコール依存は、時間の潰し方のひとつ
Y:アルコールに限らず「依存」について、いろいろな読み方ができる本だと思うんです。若い世代になると、もう依存先はアルコールじゃないかもしれませんが……。本の中で「時間があるからお酒を飲むんだ」って、すぱっと小田嶋さんは言い切っているじゃないですか。「人が酒を飲む理由としては、パチンコでもそうでしょうけど、他にやることがないから、というのが意外なほど支配的だったりします」と。
小田嶋:今の若い人たちは時間のつぶしようが多様化しているから、お酒を飲む人は減っているかもしれないですけど。今、ある程度の年齢になって唯一いいことって、時間のつぶし方が上手になったという。
Y:そうなんですよね。最近そう思うようになってきました。
小田嶋:ね。例えば「あれ、3時間空いちゃったよ」といったときに、途方に暮れないというか、むしろご褒美のように感じるじゃないですか。
Y:ありますね。
小田嶋:でも若いころのやっぱり今日1日どうしようというのは、すごくどうしようもなかったので、あれは若いときの独特の感覚だと思うけど、時間が長いんですよ。例えば人と約束して「3カ月後ね」と言われると、子供のころは「そんな日は永遠にやって来ないんじゃないか」と。20代のころでも「え、3カ月後?」と、約束することに違和感があったんだけど、今は平気で半年後の約束とかしているじゃないですか。
Y:それであっという間に来るんですよね、半年後が。
小田嶋:そう。それで本当に来るんですよ、半年なんて。それこそ2カ月なんて、え、もう来たのというぐらいすぐ来るでしょう。
小田嶋:若い連中の「この間」って、先週とか3日前だけど、我々が、「ほら、この間言っていたあれさ」というのが5年前だったりしますからね。
Y:するんですよ。恐ろしいですよ。
小田嶋:時間の感覚が全然違うということが、若いときは酒を飲む理由になっていた。2時間空いちゃったからどうしようもないから飲んじゃう、みたいなことだってあったわけですよ。
Y:なるほど。自分自身が空き時間をつくるのが嫌で、読みきれないくらい本を持ち歩く、みたいなことが。
小田嶋:そうそう。だからそれこそ文庫本を3つ、4つ持ってないと移動できないみたいな感じがありましたよね。ぼや~っとすることが難しいんですよね。若いときはね。
Y:思い出した。今回、働くことがお題なんですが、以前「ア・ピース・オブ・警句」で、小田嶋さんが大学4年生のころの話を書かれました。就活がイヤで、山小屋に逃げ出したと。
小田嶋:大学4年生のときの9月の連休ですね。10日間くらいだったかな。
Y:そのときは、山小屋に籠もってぼーっとしていたんでしょうか。
初日にいきなり出遅れた
小田嶋:いや、そうでもありませんでした。ある友人が「夏の間、八ヶ岳の山小屋でアルバイトをしているヤツに差し入れを持っていくから一緒に来ないか」と。そいつは大学を入り直したりして、年次がずれているんですね。
Y:じゃあ、就職活動する必要がまだない方で。
小田嶋:そう。「俺、就職活動なんだけど」といちおう言ったんだけど、そういう誘いは断れなかったんですね。じゃあ、ちょっと山で頭を冷やしてくるかと思って。山小屋といっても1カ所じゃなくて、何カ所かの知り合いのところを渡り歩いて、お土産を渡すような感じで。ただ、もう頂上に上がってしまえばそれぞれの山小屋は近い。2時間も歩けば次の山小屋に着く。だからぶらぶらしていましたよ。
Y:退屈しました?
小田嶋:どうでしょう。でも、あれで就職活動で会社を回る決意が、付いたといえば付いたんでしょうね。
Y:このお話を書いていただいたんですよね。長い連載の中でも好きな回です。就活生の方に参考になるかどうかは分かりませんが、プレッシャーが掛かりすぎているご子息がいらっしゃるならお役に立つかもしれませんので、こちら、ぜひ。→「無意味で、だからこそ偉大な」
小田嶋:山から9月の末に下りてきてすぐ、10月1日から会社を回り始めたんだけど、ただ私の就活は事前に下調べしてなかったおかげで、大事な初日を無駄にしちゃったんですよ。
Y:といいますと。
小田嶋:当時は、「指定校制度」というのがまだ残っていて。
Y:ああ、うちは東大しか採らないよ、みたいな。でも小田嶋さんの大学(早稲田大学)ならどこでもOKじゃないんですか。
小田嶋:いや、大学だけじゃなくて学部にも指定があったんですよ。だから早稲田でも文学部とか教育学部とかいうのはダメ、うちは法学部、経済学部しか採らない、という。銀行、商社だと文学部、教育学部あたりはお断りだと。そんなところに、「俺は早稲田の教育でーす」なんて行くと、あ、悪いんだけどうちの対象の学部に入ってないですよと言われて、「え?」と。結局10月1日は全部無駄足になりました。
Y:しかし、小田嶋さん、銀行や商社受けたんですか?
小田嶋:そういうわけでもないんですが、当時は、私だけじゃなくてみんな当時そうでしたけど、あんまり業種とか会社の規模とかということが分からなかったわけ。だから、とにかく有名企業に。
Y:知っているところに行こうと。
小田嶋:あとは「お堀が見えるところがいいな」みたいな。
Y:なんだか腹が立ってきました。準備していない割にめちゃくちゃ望みが高いじゃないですか。
就活で落とされたことがない?
小田嶋:そうなんですよ。「会社の窓からお堀が見えると何かちょっとかっこいいじゃん」というようなミーハー心理からそう言っているだけですけど、でも、お堀の見える企業ってみんな一流企業だということがいまいち分かってなかった。
それで、1日目に大手町周辺は全部だめだということが分かって、失意のうちに帰ってきて、今後はちゃんと調べて、門前払いは喰わないところを受けようと。それで、1段外側のお堀でもいいやということに。
Y:それって江戸城の内堀から外堀ってことですか? 外堀通り沿いの会社に。
小田嶋:そうそう。内堀通りは諦めて外堀に。
Y:なんでそうお堀に拘るのか分かりません(笑)。
小田嶋:外堀に行くと、教育学部を受け入れてくれる企業があって、それで回ったのが食品のA社とB社と、あとぜんぜん違う業界大手のC社。その3つを回ったんですよ。
Y:回ったとおっしゃいますが、全部歩いて回れるじゃないですか。今の学生さんが聞いたら涙を流しそうなほどお手軽な就活ですね。で、ファンの方はご存じの通り、最終的にA社に行かれるわけですが、B社とC社はどうなったんでしょう。
小田嶋:その3つを受けて、B社は順調に重役面接まで行って、だけど「うちは北海道に行ってもらうよ」という話を聞いて、「じゃあ、やめた」と途中で撤退して。
Y:なるほど。リタイアしちゃった。C社はどうですか。
小田嶋:内定が出ましたよ。
Y:すごい。
小田嶋:C社とA社が内定したから、俺は落ちてないんです、よく考えてみれば。
Y:すごいですね。どちらも今なお人気企業だし。え? ということはもしかして、2日目で行ったところでほぼ終わりですか。就活は。
小田嶋:そうそう、終わりです。だからわりと簡単だったんですね。
Y:うわー。私も今の就活生の方に比べれば全然苦労はしていませんが、これはむかつく。でも、どうしてA社にされたんですか。
小田嶋:今でも覚えているんですけれど、就活で知り合った面白い男がいて、当人の言葉を信じれば、成績はひどいものだけれど、やってもいない運動系サークルの部長をしていました、みたいなホラ話で面接を通っているようなヤツ。いい度胸しているなと思っていたら、そいつもA社とC社に通ったんですよ。
Y:なんと。
小田嶋:彼から「2つ受かったけどどうする」と電話がかかってきて、うーん、俺はまだどっちか考えてないんだけどなと言ったら、「そういうときはね、学部の名簿を見て先輩に電話するんだよ」と。
Y:なるほど。実践的ですね。
先輩に電話して、C社を切る
小田嶋:そういう知恵を付けられたんですよ。ああ、それはいい考えだと教育学部の名簿を繰って、まずC社の先輩に3人ぐらい電話してみたら、3人が3人とも「うちは来ない方がいいよ」と。
Y:へえ。なぜでしょう。
小田嶋:「うちはすごく厳しいよ。20代のころはめったに午後11時前には帰れないよ。来るなら来るで覚悟を決めてから来た方がいい」みたいな言い方をされたんですよ。俺は、C社がそんな厳しい会社だと思ってなかったから。
Y:それでA社に。ちなみにその知恵を授けてくれた方は?
小田嶋:俺が「A社にするよ」と言ったら「じゃあ、お前がそっちに行くんなら俺はC社に行ってみるよ」と言って、それ以来連絡がない。どうしているのやらと思っているんですけどね。会えたら面白いなと思っているんですけど。
Y:しかしあれですか、最初のころに「人生の諸問題」で、面接の台本を岡さんとやりとりしたみたいな話をしたじゃないですか。それってもしかして効いたんですか。
小田嶋:そうそう、それは効いたの。すごく芝居がかった面接をやっていたんですよ。自分は優が3つだったかな、そのくらいしかなかったんですけど。
Y:それは少ないんですか。
小田嶋:少ない。すごく少ないです。20あればまあ優秀、15とかでも普通ぐらい。1けたというのはいくら何でもまずいでしょうという感じなんですよ。それで、自分は優が3つしかないけど、「優」という字はにんべんに「憂い」と書くと。要するに憂うつな学生生活を送ったものが取るものだと。自分は楽しい学校生活を送ってきたんだから、優が取れないのは仕方ない。でも実際社会に出てみたら学生生活を楽しんだ者の方が、会社員としては間違いなく使えるはずだ、という主張をしました。
Y:そこに何の証拠があるんですか。
小田嶋:何の証拠もないけど。
Y:面接官には受けたわけですね。
小田嶋:受けたんですよ。
Y:すごいというか、何というか。
情報が公開されないほうが精神的には楽かも
小田嶋:ひとつには、当時はまだ『面接の達人』みたいな、技術やパターンで切り抜けるガイド本やウェブサイトがなかったから。
Y:就活に明確な方法論がなかった。となると、「人生の大勝負にリスクは侵せない。マニュアルに頼ろう」ではなく、「どうやってこの苦境を頓知で抜けるか」みたいな発想が生まれる余地があったのかもしれませんね。
小田嶋:そう。どうやって受けるネタをやるのかというのが、特に成績の悪い人たちには「俺たちにとっての就活は、受けを取って一点突破することだ」という感じがあったんですよ。
Y:「サッポロビールの面接は、何を聞かれても黙りこくれ」とかそういうやつですね。
小田嶋:そうそう。最後に「男は黙ってサッポロビール」と言ったとか言わないとか、当時は、ああいう都市伝説が流れていたくらいだから。
Y:今なら、あっという間にフェイクニュース扱いされそうな。
小田嶋:どの会社でどういう面接があってこうこうです、という情報が全然なかった時代だから、会社も学生も結構適当にやっていたんですよ。息子の就活を見ていて思ったのは、お互い手のうちを全部明かしてやっちゃっていることの不幸さですね。だって、受ける側も50社とか受けちゃったりするでしょう。
Y:受けるというか、エントリーシートは全然出せる。
小田嶋:例えば恋人選びするときに、3人の中から選ぶとすごく狭いようだけど、じゃあ、50人の中から選べば、いい子を選べるのかという問題なわけですよ。選べるかもしれない。だけど、相思相愛になれたとして、下手すると49回失恋しなきゃいけない話になるでしょう。
Y:まあ、そうですね。
小田嶋:数を出せるから、落ちる会社も多くなる。じゃあなぜそんなに落ちなきゃいけないかというと、どこの企業も欲しがるような学生が50社も受けちゃうからですよね。我々の時代みたいに10月1日に解禁で、実際に面接を受ける人以外は履歴書を出さないというふうになっていれば、どんなに頑張ったって10月の第1週までに7つか8つですよ。そうなれば一番最優秀の生徒でも7つしか内定を取れないわけですよ。
Y:なるほど。無駄な競争が起こらない。
でも、あっという間に辞めました
小田嶋:そうそう。それで、企業の側も10月1日に来た子は自分のところを第1志望にしたんだと分かるから、だからある程度優遇するけど、10月2日とか3日に来たら、絶対、第一志望じゃないことは分かるから、「うちに何か用ですか」と。
Y:あはは。あれ、じゃ小田嶋さんも言われたでしょう。
小田嶋:そこで「実は指定学部制度を知らないでむなしく帰ってきました」と言って、ちょっと受けを取りました。
Y:ははあ。「情報があれば幸せかというと、そうでもないんじゃない?」みたいな話なんですかね。
小田嶋:そう。振られる子と、すごくモテて50人振る子とがいるわけだけど、でも、50人振ってうれしいのか。そういうわけでもないでしょう。会社だって、落とす人を増やしていいことがあるわけじゃない。
Y:一方でむやみに落とされたり、振られたりすると、自己否定に陥る危険はありますね。就職も恋愛もつまるところ相性ですから、落ちたり振られたりしても本来気に病むことじゃないんですけれど、数が重なるとダメージになりそう。
小田嶋:だから「出会いの数が多いほどいいんだ」という問題ではない。志望の会社に入れたら幸せか、というともちろんそれも違う。そもそも俺、そうして入った会社をあっという間に辞めてしまうわけですから。
Y:そう、問題は入社した後ですよね。そして小田嶋さんはお酒との付き合いに深く沈み込んでいくわけですが……。
(後編に続きます)
本格的に暖かくなり春も本格化、新年度の始まりです。この4月も、多くの学生が新入社員として羽ばたきます。大きな夢を抱きながら社会人としてスタートする一方で、同じぐらいに大きな不安を持っているはずです。そのような不安を少しでも解消すべく、NBOのコラムニストの皆様に、メッセージをいただきました。新入社員時代はどのようなアドバイスが身に染みたのか、そしてどのような心構えを持っているべきなのか――先輩の言葉をまとめました。
(「新入社員に送る言葉」記事一覧はこちらから)
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