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坂本 佳子(さかもと・よしこ)
国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター(生態リスク評価・対策研究室)研究員。研究内容についてはこちら(坂本さん写真:大槻 純一)

「日経ビジネス」はその名の通り経済・経営誌なんですけれども、ヒアリ対策のお話は、プロジェクトマネジメントの視点からも学べるところが多いと思いまして、うかがいました。よろしくお願いします。

坂本:経済にどう繋げていくのか、はよく分かりませんが……1つずつ、ご質問にお答えする形でよろしいでしょうか。

いつかは来ると分かっていた

もちろんです。まず、そもそも外来種への対策は、「こういう外来種が日本に来そうだ」と予め準備を進めておくものなのか、あるいは「上陸した」という一報を受けてアクションを起こすのか、どっちなんでしょう。

坂本:今回のヒアリに関しては前者ですね。

いつかは来ると分かっていたわけですか。

巣に置かれた瓶に襲いかかるヒアリの群れ(写真:五箇公一)

坂本:はい。まずヒアリが北米で分布を拡大した後、中国や台湾などの環太平洋地域に侵入が相次いでいたことから、いつか日本にも来るだろう、と環境研では考えていました。輸入量の多い貿易相手国の港湾にヒアリが定着していると分かってはいたので、輸送用コンテナなどに入り込んで侵入する可能性がもっとも高い、と指摘していました。

 それ以前に、アルゼンチンアリ(1993年に日本で初確認)が国内で広がっていたので、まずはアルゼンチンアリの防除手法の開発に取り組んできましたが、「アルゼンチンアリの防除方法は、いつかヒアリが来たときに使えるだろう」ということを念頭に入れてやっていたので、そういう意味では一応、「予想はしていた」と言っていいでしょう。

アルゼンチンアリへの対策を打ち始めたのは。

坂本:私の所属する研究室(生物・生態系環境研究センター 生態リスク評価・対策研究室、室長は五箇公一博士)で防除に着手し始めたのが2011年になります。正直な話をしてしまうと、私は2011年はここにまだいなかったんです。ただ当研究室としては、ヒアリも念頭には入れていたと。

なるほど。台風じゃないですけど、侵入経路の予測というのはある程度でも可能なものですか。

坂本:環境研と共同研究している森林総合研究所では、港湾統計データを利用して、外来アリが侵入しやすい港湾を予測していますね。

そんなことができるんですね。

坂本:はい。もちろん取扱高が大きな国際港から入ってくると想像するのはたやすいとは思いますが、それを「感覚的」ではなく、ヒアリ分布地からの輸入量を港湾統計から抽出・集計して「推定」しているわけです。

たとえば、「世界の工場」となっている中国の港でブロックしてもらえれば、大きな効果がありそうですよね。

坂本:はい。そこで、中国当局にコンテナの中にベイト剤(殺虫剤の入った餌)を入れてもらう交渉を現在環境省が進めています。もしヒアリがコンテナに入ってしまっても、そのベイト剤を摂取してしまえば、日本に着くころにはコロニーが弱体化している、ということです。そういった対応策を今取ろうとしています。

ポイントは「遅効性」だった

なるほど。それでは、国内に入ってしまったアルゼンチンアリの防除のお話から聞かせてください。「アルゼンチンアリを防除する」ということですけれど、具体的にはどのような作業をされるのでしょうか?

坂本:基本的には遅効性の殺虫剤を混入したベイト剤を、防除区域全体に一斉に設置する方法を採用しました。この「遅効性」というのがポイントです。

 アリというのは社会性を持っていて、繁殖個体(女王やオス)と非繁殖個体(働きアリ)で役割分担しています。基本的に餌を求めてうろうろしている個体は働きアリなので、彼らをどれだけ殺しても、女王が死ななければ、コロニーを崩壊させることはできません。遅効性のベイト剤を使用することで、働きアリは殺虫成分を巣に持ち帰る「時間的猶予」がありますから、ベイト剤の効果が繁殖個体にまで波及させることができるというわけです。

しかし、殺虫剤を使うということですから、在来種ごと全滅させてしまうことにはならないのでしょうか?

坂本:おっしゃる通り、その心配はありました。外来種防除の最終目的は従来の生態系を取り戻すことですから、在来種への影響は決して無視できません。ところが、実際に防除を始めてみると、アルゼンチンアリがみるみる減少していくのに対し、在来種は生き残ったのです。

というと?

アルゼンチンアリ(撮影:坂本佳子)