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現状のネット上の雰囲気そのものですね。

片山:そういう際に支持されるのは「イライラをすっきりさせてくれる」「思わず溜飲が下がる」言葉であって、整合性や合理性、具体性ではないのです。

 たとえば、またナチスですが、なんでも「ユダヤ人と共産党が悪い」と言うのです。悪いことは全部、この2つに帰結する。「ユダヤ人は我々を苦しめる相場の変動を使って荒稼ぎしている。株価のように日々刻々動いてゆく事柄にばかり興味があるのだ。それが証拠にユダヤ人のアインシュタインは、波動を扱う相対性理論なんてものを考えている。こんな腰の据わらないやつらが、本来確固としたものであるべき国家を切り崩していく。早く追い出さないとドイツが壊れてしまう」てな感じで。

 共産党ならば、「彼らは、国や民族が違っても同じ労働者は仲間だと主張する。この思想に染まると、ドイツの労働者も、労働者以外のドイツ人を仲間と思わなくなる。別の国の労働者こそ仲間だと思うようになる。要するに売国思想である」といった具合。

ヴェネト・ムッソリーニ(左)とアドルフ・ヒトラー(右)
(写真:SuperStock/Getty Images)

はあ。アホみたいですが。

片山:一事が万事、なんでもユダヤ人と共産党を悪く言うと気持ちよくなるんですよ。

そんなもんでしょうか。

「誰かのせいだ」と発言する気持ちよさ!

片山:Yさんも、仕事がうまく行かないとか、買いたい物を買えないとかを、誰かのせいにして愚痴りたいことはあるでしょう。私も蔵書やCDの整理の愚痴をこぼしたいのですが、その際に「誰それが悪い、誰それのせいだ!」というと、思いの外すっきりするのですよ。

 例えば、Yさんの世代だと親御さんの介護とか心配ではありませんか。でも「日本の年金制度や介護の苦境は××党の責任だ!」というような物言いは、Yさんはおそらく、したことがありませんよね。

はあ、はい。

片山:でも、そう思うかどうかをまーったく別として、一度、はっきり口にしてごらんなさい。困っていること、ストレスの原因を「誰かのせい」にして発言すると、思わず腹の底がら“すかっ”とします。問題は何も解決していないし、責任の所在は不明なままなんです。でも、重い荷物を下ろしたように気分がよくなるはずです。“良識派”には恥ずかしくて難しいのですが、一度やるともうやめられない(笑)。

やってみよう。「介護不安の元凶は××党だ!」…うわ、何の根拠もないのに、口に出すと気持ちがすごくすっきりする!

片山:そのような「これを言えば気持ちいい」と感じさせる言語魔術を、社会的に作り上げたのがナチスです。その前では理屈は通じなくなるのです。瞬間的でも気持ちよくなる方に、せっぱ詰まった人はなびきます。

右翼、左翼とレッテルを貼る人が味わっている気持ちよさがやっと分かりました。これは言いたくなる、書きたくなるわけですよ。なるほど。

片山:言語魔術は言語麻薬でもある。言っているうちに慣れてきて、だんだん効きが悪くなってくるから、言葉の暴力性や切れ味、残酷さを競うようになる。たいてい、あとでひどいことになりますが、ナチスの政権も12 年続きましたから、続くときは無茶でも続きます。

うっかり試さない方がよかったかもしれない。やばいです。ハマりそうです。トランプのツイートが受けるワケもよく分かりました。米国第一、米国第一、と言っていれば気分がいいし、スピーチも含めて「××のせい」の塊ですもんね。

「不愉快」がネットを席巻する

片山:“良識派”を攻撃する言葉を書く人も好む人も、理屈の正しさや解決策が欲しいのではありません。「よく言った!」と、溜飲が下がるすかっとした感じを味わいたいわけです。すっきりするのが最優先。「失うモノはない」という気持ちがそうさせる。先のことは考えていない。いま、このとき、自分が抱えている怨念という荷物をすこしでも軽くしたいんです。

 この怨念を怨念じゃない、新しい価値観につながる道を作らないと、恨みでドライブされる社会がすぐ生まれますよ。口だけでは物足りなくなって、略奪、打ち壊し、殺人といった暴力までつながっていく気持ちですから。

まさか。

片山:良識派の人は基本的に社会を信じていますから、まだ「まさか」と思っているのです。災害時に「まさか」と逃げない人ですね。