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自由貿易の行き過ぎを調整しよう、というのではなくて、「誰かに損をさせられているから、そいつを追い出せば成長できる」という気持ちですかね。

片山:そういう方向に世界を導くのが、とりあえずは「トランプの時代」かなと。

…こうなると、八つ当たりですが、もうちょっとオバマが頑張ってくれていたら、と思いますね。新しい成長モデルが生まれる、生まれないには運もあると思いますけれど、彼がここまで、米国の中流層を追い詰められた気持ちにさせなければ。

片山:オバマは、議会を動かすことに興味がなく、その能力もない大統領でした。エスニックや同性愛者、マイノリティに対する理解を持ち、理想主義者だけれど、リアリズムで議会にネゴしていくより、民衆に訴えて演説で世論を作り、その圧力を背景に議会をコントロールしようと思ったのではないですか。これもある意味ポピュリズムの手法ですね。米国は議院内閣制ではないので、大統領は議会と張り合うことができる。足場を、政治の外の社会に求めた。その分、議会そのものへの政治的な交渉力は弱かった。

 でも、その議会外の声は、トランプを支持する方にも流れる。オバマは成果を出したつもりだったが実感と違う。成長の実感が足りないから、マイノリティからの支持も強くはならなかった。オバマは貧困層のケアには尽くしたけれど、中間層のケアはあまりできていなかったのではないでしょうか。そこに溜まった怨みから、トランプ台頭の芽が吹いたのかもしれません。

 これはオバマ個人というよりも、民主主義と資本主義の限界でしょう。彼の退任演説を読むと、「民主主義の強さと弱さ、現代社会の問題点をほんとうによく知って、うまく表現している」と感心せざるを得ませんが、これに本来、心を打たれるはずのそれなりの教養と良識ある中産階級が弱って余裕をなくしてしまったので、なんだか虚しく、大統領というより、頭の良い批評家か何かの台詞のように響いてしまうのですね。オバマは最後までよいことを言っていたと思いますよ。でも打てば響く共鳴層が消えていっていた。

自分が報われないなら、せめて世の中も不幸になれ

逆に、トランプの差別発言は思ったほど彼にネガティブな影響を与えませんでしたね。

片山:余裕がなくなると、「ユダヤ人が悪い」的な差別発言を社会が許すようになるのですね。差別発言が問題になるのは、「守るべきこと、ものがある」人が、社会的な評判が落ちるのを避けようとする反応です。しかし、実態はどうあれ「収奪されて、もう自分には失うものがない」と思う人が多くなると、差別を容認できるようになる。市民社会の良識がどんどん効かなくなる。

 そうなると、怨恨といいますか、何かを「恨んでいる」人が多くなる。ナチスも、誰かを恨まずにいられないと感じている人が増えた結果、半ば冗談で「こんな世の中は壊れてしまえ」と投票する人が増えて、意外にそういう人が多くなっていて、ドイツの第一党になりおおせた。

「俺が報われないなら、みんな不幸になれ」ですか。

片山:ひとつおもしろい話があります。貧困層でさらに貧困になってゆく人と、中間層の中で上の方から下の方に落ちていく人。どちらが選挙のときに極端な選択に走るか。「経済的に困る度合いが高いのは前者だから、過激な選択をするのも前者」。そう思うかもしれませんが、実際は後者だというのです。貧困層にずっといる人は貧しさに慣れていて耐性があるが、中産階級は、はた目にはまだそれなりに余裕があるように見えても、失った物の大きさに、社会や国家を呪うようになる。「こんなはずではなかった。誰か悪いやつが邪魔しているからこうなるんだ」と、とにかく誰かを憎まないではいられなくなる。

どなたの言葉ですか。

片山:ビスマルク宰相時代のドイツ帝国に留学した日本の数学者、藤澤利喜太郎がベルリンの酒場かどこかでドイツの知識人に聞いてきた話です。

“良識派”が攻撃されるわけ

人間は私たちを含めみんなひがみますから、「俺が貧しいのは豊かな人に毟られているせいだ」と、つい思いますよね。

片山:「報われない」「不公平に扱われている」と、現状を感じている人が増えると、上の人を引きずり下ろして、自分と同じ水準に平準化しようという力が働きはじめます。格差が顕著になる社会に付随してくる現象ですね。

あ、近年、正論というか、いわゆる“良識派”の発言がやたらとネットで攻撃されるのはこれですか。

片山:そうですね。「良識的なことをいう=余裕がある=ずるい奴、甘ちゃん、もの知らず」という目で見られて、怨恨を抱えた人々が引きずり下ろしにかかる。トランプがオバマを攻撃するときの視点もこれに近い。こうなると、普通にものが言いにくくなって、「言うだけ損だ」と、黙る人が多くなっていく。