モ:「築地市場で行われていること全体の見取り図を、カバーでやってしまおう! カメラを市場の中を横に移動させた動画みたいに、時系列を含めて見せたら面白いよね」と、デザイナーの大岡寛典さんと相談して決めました。こんな風に一望できる場所はないので、お絵描きならではとは思います。
―― よく見るとこの絵、消失点がない。前景と後景が同じ大きさで描いてあります。
モ:「アイデアはなるほど面白い、でも、どう描いたらいいんだろう」と悩んだ結果こうなりました。パースを付けると、遠景が小さくなって語れることがすごく少なくなってしまうので、消失点を無視して中世の絵、絵巻物みたいになっています。この形にたどり着くまでなかなか難儀しました。どうやったら全部見せられるだろうか、と。たくさんの取材写真から要素をつまみだし、描く場所を考えながら調整していきました。
読んでも読んでも終わらない
モ:結果として出来上がったのは、「どこまでいっても、ちまちまちまちま、いろいろなモノが出てくる本」が好きな子供と大人は喜んでくれるだろう…という本かもしれません。
―― 表紙を見ても、相撲の番付が貼ってあって、電気釜があったり、あ、ファクスがきてる…。しかも、無限に続く発泡スチロールの箱の列といい、モブシーンといい、これ、一切コピペ不可の手描きですものねえ。
モ:イラストルポの仕事をしてきて、こういう題材にたどり着いたって感慨はあります。あとで現場の方に、「ああ、あの市場をよろよろ歩いていた迷惑な人もプロだったんだな」と、本を見て思わせる仕事がしたい、と思いました。
もうひとつ、デザイナーの大岡寛典さんと組めたことも大きかった。信頼できる方といっしょだと、絵を描くほうに安心して全力投球できますね。たとえば表紙。お客さんの目を引きつけるところですから、どうしても、明るく、かわいく、キャッチーに、と考えちゃうけれど「大岡さんなら、なんとかしてくれるよね」と、本当の築地市場の“暗さ”を描かせてもらいました。
―― そういえば暗い…ったって夜ですからね。
モ:それでも、「青っぽくして格好良くしようか、ファンタジックな方向に逃げようか」と、普通は考えるものなんです。
―― 言われてみれば、この…紫のロゴの色と白地の文字が表紙をビシっと引き締めて、暗いというよりクールな印象になってますね。
モ:この色も多分「江戸紫」とかですよ。帯も、線画を先にスキャンして、うっすら紫色の中に入っていたり、裏表紙や見返しにクイズを用意したり、「ここまでやるか」というくらい凝ってくださってます。
―― 最後にお聞きしたいんですが、一番描きにくかったのは何ですか?
モ:描きにくかったもの。実にいろいろな物を描かなきゃいけなくて…もうちょい片づけておいてくれればいいのに(笑)。強いて言えば空っぽの新聞のスタンドですかね。
―― 新聞スタンド? 「市場は開いているけれど、新聞がまだ来ていない」という面白いカットでしたけど…。
モ:魚市場の絵本なのに、なぜ新聞スタンドにこんなに時間をかけなくちゃならんのだ、と思うくらい形が複雑で。そのまま描いたら何だか分かんないモノになってしまい、実は涙を呑んで一列だけ省略させてもらいました。(どんなスタンドかは、本で見てのお楽しみに)
Powered by リゾーム?