モ:むしろ、「そのままを伝えるために整理する」くらいの気持ちです。そのまま描いたら、混乱すら伝わらないかもしれません。どうしたら伝わりやすいか、画面を考えるんですね。見たものを無理やり飲み下して、何を伝えたいかを考えて、伝わるように全力で描くんです。
―― 過剰なものを「整理」するのって、大変そうですね。しかも、本文がほとんどない絵本だし。
モ:「それが絵本でしょう」と言われればそうなんですが、オトナの本なら時々説明が足りないことは、テキストで何とかフォローすることもできるんでしょう。この本はそもそもが児童向けでもあるので、基本的に絵で語りきらないといけませんよね。
―― 大変じゃないですか。どうやるんですか。
モ:膨大なことを埋め込みつつ整理して伝えるには、なんといっても配置です。話題の。どう見せていくかを考えた上で、要素を、重複なく、語り残しなく入れ込んでいくわけです。飛行機でも、エンジンなどのゴチャゴチャしたメカの絵に目が行きがちですけど、「飛行機に荷物を運び込む流れを説明する見開き」なんかの方が、結構工夫が詰まってたりします。
今回の本で言えば、たとえば上から見た仲卸のページ(17ページ)に、首に切れ込みを入れられた血まみれの魚がありますが、他の場所にもないことはない。「この絵は、ここに持ってくる」というのは作者が決めないといけない。LED電球の話とか、発泡スチロールの書き文字について、とか、「どこでも語れる」話をどの順番でどこで見せていくか、ということでしょうか。今思えば、頭の中に渦巻く、自分が見て感じたことを、しかるべき場所に「遺漏なく」置いていくのに、消耗して時間がかかったんだと思います。
絵を描くことで言えば、さっきの仲卸の絵も、ゴチャゴチャの写真を読み取ってから描くわけで、情報の読み取り→出力に苦労しました。何が何のためにどこにあるのかが分かり、それから、何を伝えるべきかを考えて、その上で伝わりやすい構図を考えて、やっと「必要な場面・モノを探す」。ことになるんです。
例えば、入れ物に入った砕いた氷の絵が必要になって(26ページ)、たくさんの取材写真に写り込んでいるどの氷箱と氷がふさわしいか選び出す、そんなこと延々やってました。写真の山から、描きたいものを探している時間が、すごく長かったです。
―― 話題の順番と、そこに置いていく要素のMECE(ダブりなく、漏れなく)。「話としてはこっちを先にしておきたい。でも、早く見せたいこの要素はその話だと出てこない」みたいにどちらも絡み合うから、これは悩みそうです。
モ:だから、「場」を描く夜のシーンが終わって、たとえば「市場の乗り物」とかの各論を並べるところにはいると、一気に楽になってどんどん進んだんでしょうね。
最初のラフは異様なものになった
モ:まあ、初回の取材から、こりゃ桁違いに大変だと分かっていたとはいっても、うまく整理できるような対象じゃありません。過剰さのカタマリですから。見直して自分で驚いたんですが、最初のラフはライブ感そのまま(笑)。
―― 市場に押し寄せるトラックに、効果線が書いてある…。
モ:最初のラフからは、ぐしゃぐしゃっと異様なオーラが出てくる。そんなラフをいくつも描いて。15見開きにまとめるわけです。
省略できるのが絵で伝える際の魅力といいましたが、一方で過剰さを伝えるには、正確な、細部細部の積み上げが大事でしょう。でも、写真を見て精密に描こうとすると写真にしかならない。取材時の「感じ」を込めながら描くんです。また、現物も参考にします。17ページの「神経抜き」は、タイを斜め上から見たことがないので買ってきました。状況を説明しやすい方向の写真があるとは限りませんからね。
―― 絵を描く資料になる写真、って、たぶん「いい写真」なんでしょうね…。
モ:食べ物などは特に、絵にしようとしたときに、プロのカメラマンが撮る写真と、普通の人の写真の違いがよくわかりますね。プロは「どう撮ればそれがいちばんうまく伝わるか」を、現場で感じ、考えて撮っているんだと思います。お寿司ひとつ取っても、近くのお寿司屋さんで買ってきたのを参考用に写真に撮ったらテリテリしてよくわからない。結局机の上に現物を置いて、見ながら描きました。トビラの絵に使っています。
―― で、中身は買って開いて見ていただくとして、大きな見所はカバーだと思います。表紙側から裏表紙、折り返しも含めて一枚の絵になっている。
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