1時間待ちは当たり前。行列ができるドーナツ店として一世を風靡した。
国内100店体制を目指し躍進してきたが一転、17店を一挙に閉店。
商圏を見直して行列前提の店舗運営を刷新し、再成長を目指す。
[クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン社長]
岡本光太郎氏
1970年生まれ。95年5月米マサチューセッツ州立大学卒業後、日昇自動車販売(東京都世田谷区)入社。2004年4月同社社長。その後、企業再生を手がけるリヴァンプ(東京都港区)に参画、2008年6月からクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンの経営に携わる。2012年3月から現職。
クリスピー、大量閉店の概要
米国で1937年に創業したドーナツ店のクリスピー・クリーム・ドーナツ。日本ではロッテとリヴァンプ(東京都港区)がクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンを設立し営業権を獲得。2006年12月、1号店開店以来、店舗網の拡大を進め64店に達した。だが昨年、戦略を一転。店舗集約を進め、昨年12月から今年3月末までに全体の約3割に当たる17店を閉店した。
米国で人気のドーナツチェーン、クリスピー・クリーム・ドーナツが日本に上陸したのは2006年12月のことです。ロッテとリヴァンプ(東京都港区)が出資してクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンを設立。新宿サザンテラスに1号店をオープンしました。
メディアの注目度も高く連日、たくさんのお客様にご来店いただきました。「行列のできるドーナツ屋」というキャッチフレーズで親しまれてきました。
その勢いのまま、数年間で関東から中部、関西、そして九州という具合に西へ西へと店舗網を拡大。「『行列のできるドーナツ屋』が名古屋に来た、大阪に来た」と出店のたびに話題になり、爆発的な売り上げ、集客が続きました。
こうして昨年には64店まで到達。100店を目標に掲げ、ホームページなどでもメッセージを発してきました。
ですが、このまま店舗数の拡大を続けることに疑問を持つようになりました。日本上陸から今年で10周年を迎えます。今後は単に「はやりもの」のスイーツというイメージのままではいけないのではないか。そこから脱し「日本市場に本当に根付くドーナツ屋さん」にならなくてはいけないのではないか。そう考えるようになったのです。
拡大路線では未来を描けない
そんな背景から昨年、出店計画を大きく見直し、店舗の集約を図りました。昨年12月から今年3月末までで17店を閉店。福岡県、広島県では複数店を展開していましたが今回、地域ごと退店しました。中には開店から数カ月で閉めた店舗もあり、あまりの急展開だったため、「業績悪化で日本から全面撤退するのではないか」というようなノイズ(悪い噂)も立ちました。
私自身はほとんど全ての閉店に立ち会って、お客様に閉店の理由をお話ししてきました。ご理解いただけたと感じています。ただ、私が想像した以上に本当にコアなファンがいらした。閉店をとても名残惜しんで「残念だ」とおっしゃいます。戦略に沿った閉店とはいえ、やはり、とても心が痛みました。
新宿駅前の新宿サザンテラスにあるクリスピー・クリーム・ドーナツの日本1号店。2006年12月に開店した。かつては常時100人以上が行列を作り、待ち時間が1時間以上にもなる盛況ぶりだった(写真=北山 宏一)
ですが、ファンの方をはじめ皆様にお伝えしたいのは「決して日本から撤退するわけではない」ということです。
外食産業では海外の人気店が日本にたくさん上陸してきます。星のように現れては、その多くがどんどん消えていく。そうした状況下、クリスピー・クリーム・ドーナツがほかのブランド同様に単なるはやり廃りで消えていくようなことがあってはいけない。20年、30年後も日本に根差していきたい。
そのためには現在のままではだめです。継続のためには適正な収益をしっかりとることも重要です。
まず考えたのは関東から西に広げた店舗エリアを東京、名古屋、大阪を中心とする3大都市圏に集約することです。それ以外の地方主要都市になると、出店数、場所ともに限定されてしまい運営効率にも限界がある。
漠然と関東が10億円、関西、中部が5億円の市場としましょう。それに対して例えば福岡エリアが3億円の場合、商品の配送費など固定費の負担が他の地域に比べ相対的に重くなります。こうした商業規模の違いから、今まで培ってきた大都市での運営方法が必ずしも地方都市には当てはまらないケースが顕在化する恐れが出てきていました。
大都市の中でも集約を図りました。例えば東京都内では二子玉川、大森、神田小川町などの店を閉じました。こうした一連の見直しはもちろん店舗ごとの事情や採算性を考慮していますが、それ以上に重視したのは、お客様に提供するブランド価値の維持です。
私たちは単にドーナツとコーヒーを販売するだけではなく、「Joy(喜び)」と呼ぶブランド価値をお客様に体験してもらうことが使命だと考えています。居心地のいい清潔ですてきな店舗がある。ショーケースに歩み寄るとそこには魅力的で見た目もかわいく、おいしい商品がきれいに並んでいる。そして温かみのある接客を受け、ゆったりとした時間を過ごしていただきたい。
ですが、多店舗化の結果、立地や人材の問題などもあり、必ずしも全ての店でその理想を実現できない状況も生まれつつありました。こうした様々な理由を勘案して、全体最適を図るため各店舗の閉店を判断したのです。
店舗を集約し今、取り組んでいるのは運営の抜本的な改革です。今までは行列ができる前提で運営してきました。いかにお客様を待たせないかといった効率性に目が向いていたことは事実です。しかし、ブランドが浸透した今、店舗運営の仕組みも一段と進化させる必要があります。にもかかわらず、私たち社員は過去の成功体験にとらわれ、変化に対応できずにいました。
そこで今は、そうした状況を打破するために外部から2人を店舗運営の統括、部長として招へいしました。どちらも他業態などでの経験が豊富な店舗運営、人材育成のプロですので、新風を吹かせてくれると期待しています。
米国でも事業を大幅に縮小
今回の戦略転換については米本社、株主であるロッテとリヴァンプ、金融機関などに慎重に説明をしました。幸いすぐに理解してもらい、賛同を得ました。米本社との関係は良好でロイヤルティーの引き上げもありません。
次の成長のために一旦、事業を縮小する。外食産業にはそうした周期があると考えています。クリスピー・クリーム・ドーナツは米国でも2000年代、大量出店の後、経営危機に陥り、事業を大幅に縮小。同様のことは英国やオーストラリアでも起きました。
日本のドーナツ業界を巡る足元の状況は決して楽観できません。チョコレートやナッツ、コーヒーなどの原材料費は高騰し、円安も痛手です。また、セブンイレブンなどのコンビニエンスストアがドーナツの販売を始めました。その影響だと考えていますが、昨年の春先は客足が減りました。
ただ当社の商品はコンビニのドーナツとは味やタイプ、価格帯、販売形態など全く異なります。競合はせず、むしろお互いの市場が広がると思います。
閉店で辞めていく各店舗のクルーたちからは「お店が大好きですので、また戻ってきてくださいね」と言われました。期待に応えられるよう、今はしっかり体制の再構築に取り組みます。
(日経ビジネス2016年5月2日号より転載)
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