日本でも人気が高まっている、水上スポーツのスタンドアップパドルボード。昨年9月に行われた日本最大級の大会で、Tシャツを原因とする皮膚障害の事故が発生した。主催者は反省を踏まえ、大会継続に向け再発防止策を徹底する考えだ。
[NPO法人SUPUスタンドアップパドルユニオン理事長] 細井 隆氏
1961年生まれ。小学生のころから地元の神奈川県茅ケ崎市でサーフィンを経験し、数々の大会に出場。2006年に米国ハワイでスタンドアップパドルボードに出合い、日本での普及を決意。2014年にNPO法人の理事長に就任。
事故の概要
2016年9月10〜11日に開催された日本最大級のスタンドアップパドルボードの大会「マイナビTHE JAPAN CUP SUP Race in Chigasaki」で、参加者が肌のかゆみや痛みを訴え病院に搬送される事故が発生。63人が病院に入院・通院する事態となった。調査の結果、大会用に製作・配布されたTシャツに使用されていた原料の成分が原因と推定された。
昨年の大会で被害に遭われた方々については、まず心からおわび申し上げたいと思います。私たち主催者側としても、本当に想定外の事態ではありましたが、決して起こってはならないことであったと深く反省しています。
事故の中身についてお話しする前に、まず簡単に「スタンドアップパドルボード(SUP)」についてご説明します。
SUPとは、発祥は米国ハワイだとされています。通常のサーフィンで使われるよりも大きなサーフボードに立ち上がって乗り、カヌーのようにオールを操ってこぐことによって、前に進んだり波に乗ったりする仕組み。ハワイのライフガードの人たちがこのスタイルで活動していたことから、現地では「ビーチボーイ・スタイル・サーフィン」とも呼ばれていたようです。
私自身は40年前からサーフィンに関わってきましたが、SUPに出合ったのは2006年。ハワイを訪れた際に目にして、面白そうだなと思って見よう見まねで始めました。当時は日本に専用の道具もなかったのですが、だんだんと輸入する人や自分で道具を製作する人も増え、簡単なレースなども開催されるようになってきました。
もともと茅ケ崎では「湘南祭」というイベントが毎年開催されており、サーフィンのレースも行われていました。その中の種目の一つとしてSUPのレースを取り入れたのが最初です。そして、2015年からは正式にSUPの「ジャパンカップ」と銘打ち、大会を開催することになりました。
スタッフから異常の訴え
昨年の2回目のジャパンカップは大手人材広告企業のマイナビをはじめ、多くの企業から協賛を頂き、茅ケ崎市や神奈川県からも後援を頂きました。3kmから18kmまでの複数の距離別などに分けてレースを行い、タイムを競うもので、賞金総額は300万円。国内では非常に大きな大会です。
さて、昨年の事故に関してですが、原因は大会に合わせて作ったTシャツでした。長年お付き合いがありお世話になってきた製作所に製作を依頼し、大会が開かれた9月10日にレースの出場選手ら参加者に配布したものです。
当日は午前7時ごろにボランティアスタッフが集まり、事前に届いていたTシャツを皆さんに配り始めました。そのうち、午前10時半ごろになり、スタッフの一人がかゆみを訴え始めたのです。ただ、私も含めスタッフの多くが同じTシャツを着て作業をしていましたので、当初その人については、食事などに起因するアレルギーなのではないかと考えていました。
その後、開会式があり競技が始まってから、昼前に出場選手の中からかゆみや痛みを訴える声が上がりました。シャワーを使ってTシャツを洗っている人もおり、確認すると泡のようなものが出ていたのです。この時点でおかしいと気付き、注意を喚起する場内放送を流しました。
しかし、午後に入り、異常を訴える人がさらに増えたことを受け、Tシャツの製作所に連絡。同社の社長がすぐに現場に来て、状況を調べることにしました。ただ、その日は結局、大会自体はそのまま進行したのです。
日本でも競技人口が増えているスタンドアップパドルボードだが、大会を盛り上げるために製作したTシャツが皮膚障害の原因となった
私が午後5時半ごろに事務所に戻ってから、近くの病院から、Tシャツを着た人たちが10人近く体調不良で来院していると連絡がありました。また、警察からも連絡があり、事態が発覚したという流れになりました。
Tシャツが原因であろうということはこの時点ではっきりしていたため、翌11日は当然ながらTシャツは一切配布せず、会場でもTシャツを着用しないよう、周知しました。2日目の開催についても、中止にするという選択肢もあった。ただ、選手らの意見も踏まえて協議した結果、Tシャツについての注意喚起を徹底することも含めて開催するという結論になりました。
しかしながら、1日目の時点で選手・スタッフ含めて既に363枚を配布してしまっており、被害が拡大する結果となりました。入院された方、通院された方を合わせて現時点で把握しているのは63人に上ります。
被害の原因については、Tシャツのプリント加工に前処理剤として使用された皮膚刺激性物質の「塩化ジデシルジメチルアンモニウム」が高濃度で残留したためと推定されました。今回の事件では我々主催団体のほか、Tシャツの製造元、原料メーカーなど3社が関係していますので、警察の捜査も進んでいくことになるかと思います。
補償と再発防止に全力
被害に遭われた方々についてはお一人ずつに連絡・訪問をして謝罪と説明をしました。治療費や交通費のお支払いのほか、レクリエーション保険のご案内をしています。問題のTシャツについても、引き続き回収の案内もしています。誠心誠意、引き続き対応していくつもりでおります。
我々主催者としては、今回の事件を引き起こしてしまったことについては、本当に申し訳なかったという気持ちです。最初にスタッフの異変があった際に迅速に状況を判断し、Tシャツを着用しないでくださいという周知をもっと徹底すべきだったと考えています。大会では医療班も置いていましたが、救急車の手配など、いち早く対処すべき点も多々ありました。
そもそもの大会運営のための危機管理体制も不十分であったと反省しています。予測外の事態が発生した場合の連絡系統や、どのように誰が判断を下すかをより明確にしておくべきでした。大会で使われる付属品の事前の安全チェックなども行うべきでした。
一方で、スポンサーや行政、関係各位からは、今回の反省をきちんと踏まえて、今後もSUPの普及のためにしっかりと大会を続けてほしいという声も頂きました。今年も9月初旬に大会を開催させていただける方向で準備を進めています。
SUP自体は非常に魅力あるスポーツであり、今後日本でも多くの方々に楽しんでいただける価値のあるものだと考えています。SUPを愛する全国の多くの方々にもご心配やご迷惑をかけてしまいましたが、事故の補償を含めたきちんとした対応と、安全な大会の運営のためにこれからも全力を尽くしていきたいと考えています。
(日経ビジネス2017年1月23日号より転載)
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