最初の失敗を引きずった

 この22年間の時間の費やし方を振り返ってみると非常に残念でした。多くの関係者にとって後悔があると思います。1995年の事故後、再稼働まで14年がかかった。本来であれば、もっと早く稼働して、何か問題があれば検証して再稼働させる。そのために時間を費やすべきでした。

 例えばロシアの高速増殖炉はナトリウム漏洩事故を何度も起こしていますが、長くても数カ月で復旧して技術と経験を蓄積していきました。

 もんじゅでそれができなかったのは当時「事故を事件に変えてしまった」といわれたように、事故を隠蔽して社会的な信頼を失ったことなど、世の中の動きを読めなかったからです。訴訟もありました。(日本原子力研究開発機構の前身である当時の動力炉・核燃料開発事業団は)社会との関わり方が下手で貧弱な組織だったと認めざるを得ません。

 2回目の事故から復旧するため補修工事を終えた2011年、東日本大震災が発生し、福島第1原子力発電所事故が起きました。もんじゅの再稼働は中止。12年には約1万点の機器で点検漏れが発覚しました。

 点検ミスについては、現場の甘えがありました。問題が起きてから修正すればいいという甘さがまずあり、そのサイクルを回す前に点検の期限を超過してしまった。さらに、職員がシステムを理解せず、放置してしまった。

 私はもんじゅ自体に致命的な技術的な困難さがあったとは思っていません。ですが、最初の失敗を引きずり、世間の不信感を払拭することができぬまま今に至ってしまいました。

 廃炉には長い年月がかかります。これまでと方向は違いますが、私たちがやるべき次の仕事で、その意味では、何も変わることはありません。

 「日本の50年後、100年後のエネルギー供給で、一つの確立したシステムとして資源を繰り返し使える原子力を提示したい」という思いが揺らぐことはありません。

事故や不祥事が続いた
●もんじゅに関する主な出来事

(日経ビジネス2017年3月27日号より転載)