今回の司法判断には言いたいことが山ほどあります。根本的なことからいえば、検察や警察は議員活動や地方行政を勘違いしていると感じました。私の容疑は市会議員時代の浄水プラント導入に関する収賄などでした。確かに業者と会ったことは事実です。でもお金は受け取っていません。そんなそぶりもなかった。そもそも、コンプライアンスが叫ばれるこの時代で、不正なお金をもらおうなどと思うはずないでしょう。そんなちっぽけなもののために私たちは政治家を志していません。

 でも検察の考えは違います。「便宜を図ることで私腹を肥やした」という見方を頑として変えません。浄水プラントの導入を進めたのは、私が東日本大震災のボランティアの経験を通じてその必要性を感じていたからです。市にとって良いと思ったからこそ担当課を紹介しました。でも取調室では「そんな奇麗事が通用すると思っているのか」と何度も言われました。

 かつてはそういう利権があったのかもしれませんが、今はそんな時代ではないんです。そもそも市長が身勝手にトップダウンで決められることは皆無に等しく、議会の同意、県や国との調整、何より市民の理解が不可欠です。この点を警察も検察も分かっていない。行政の現場は本当に大変で、私腹を肥やす余裕など真面目にやっていればありません。

産業振興にも力を入れてきた

 在職中、ほとんどの期間、裁判を抱えながらの市政運営でした。マスコミの方の関心はどうしても裁判の動向に向き、市外の方にはあまり知られていないのは残念ですが、市政でも多くの人の協力を得ながら様々な課題に挑戦してきました。

 産業振興ではトップセールスを積極的にやりました。就任直前にソニーの美濃加茂テックが撤退を表明され、空洞化が懸念されたからです。結果は上々で、例えば同時期に市が造成した工業団地では、全ての区画を1年半かけて売り切りました。ミツカングループさんをはじめ食品や化学メーカーなどに進出いただけた。

 ほかにも若者の社会参加、女性活躍など色々と仕掛け、この春から動き出すものがたくさんあります。名古屋から1時間ほどの距離で自然も多く、この独自の過ごしやすい環境を生かすことができれば、様々な地域振興が可能です。形になるまで取り組めなかったのは残念でなりません。

 また、私の原点として、人の心を動かしたいと、とにかく現場主義を掲げ「全国で最も市長室にいない市長」を目指しました。

 特に人口5万6000人の市長だからこそできることを考え、全市民に会うことを目指しました。「とびだせ市長室」と名付けて、タウンミーティングを月に2〜3回開きました。

 加えてSNS(交流サイト)による情報発信も強化しました。13年に亡くなった渡辺直由・元市長からの遺言で「市民が政治に関心を持てるように」と託されていました。時代にあった社会参加の仕方があると信じ、ネットとリアルの両面で対話することが私のやり方でした。

 えん罪を身をもって経験した者として、えん罪に苦しむ人を助けられることにも関わりたいですね。また、今回の贈賄容疑側の虚偽の供述は民事訴訟で追及したいと思っています。

 私自身、今後3年間は選挙に出られません。この3年間は自分の課題としっかり向き合い、知識や能力を充実させる期間にしたい。市民の皆さんにはまた政治家として期待以上の恩返しができるように努力を重ね、力を付け直して帰ってきます。