時に時勢に見放され、時に敵襲に遭い、時に身内に裏切られる――。栄華興隆から一転して敗戦に直面したリーダーが、おのれの敗因と向き合って問わず語りする連載「敗軍の将、兵を語る」を、「日経ビジネス」(有料)では原則毎号掲載しています。連載の魅力を知っていただくために、2018年3月の月曜から金曜まで、過去2年間に登場した「敗軍の将」たちの声を無料記事として転載・公開します。
(日経ビジネス2017年6月5日号より転載)
「イカの街」で知られる函館市。イカ珍味の加工業者が多く集積し、加工技術には定評がある。だが、2016年の記録的なスルメイカの不漁で大きな打撃を受ける。原料難、原料価格高騰で製品の値上げを余儀なくされ、販売数量への影響が出ている。
[函館特産食品工業協同組合理事長]
古伏脇隆二氏
1962年生まれ。85年、函館大学を卒業後、水産加工業の古清商店(函館市)に入社。94年、社長に就任。2015年5月、函館特産食品工業協同組合の理事長に就任、現在に至る。古清商店は1939年に創業。マルナマの屋号で知られる。
SUMMARY
スルメイカ不漁の概要
スルメイカ不漁が続き、特に2016年は記録的な不漁でイカの加工業者が打撃を受けている。イカ加工業者が集積する函館市にある、函館市水産物地方卸売市場の16年度のスルメイカ取扱量は1497トン。13年度比35%まで落ち込んだ。函館特産食品工業協同組合に加盟する56社のイカ関連製品売上高は今年は前年比約30~40%落ち込む見通し。
イカの街として知られる北海道函館市。写真は水槽から釣り上げたイカをその場で料理する「活いか釣堀」。イカ料理や珍味を提供する飲食店や土産店が市内に数多くある(写真=共同通信)
北海道函館市は、イカ珍味加工の街として全国に知られています。海産物加工業の会社が数多くあり、1958年には函館特産食品工業協同組合が設立されました。さきいか、薫製、いか飯、塩辛、松前漬け、イカソーメンなどの製品を日本全国に販売しています。現在、56社が加盟し、組合全体の販売額は約500億円になります。
ですが、最近では原料のスルメイカ不足に悩まされています。過去5年くらい「毎年、不漁だ」という具合に業界関係者と話をしていました。それでも仕入れ価格は1kg当たり200~300円程度で推移していました。
ところが、2016年は記録的な不漁で価格が跳ね上がり、900円へと3倍になりました。
値上げで販売量が落ち込む
函館ではスルメイカ漁は、毎年6月に解禁になり12月までがシーズンです。加工業者はこの間にスルメイカを買い付けてその多くを冷凍保存し、翌年1月から9月ごろまでに製造する加工食品の原料として使います。ですから、不漁の影響は半年から1年遅れで出てきます。そのため今年が厳しい。組合全体のイカ関連製品の生産量は3~4割は減るのではないかと見ています。
私が社長を務める古清商店の場合、7月中旬ごろからスルメイカの買い付けを始めます。が、昨年は不漁のため8月末からと遅れました。
不漁で価格の高騰が続く
●函館市のスルメイカの取扱量と取引価格
出所:函館市(函館市水産物地方卸売市場の数値)
その後、10月初頭までは買い付けをしていましたが、10月中旬ごろになって「今年は(記録的な不漁で)大変だ」という感覚になりました。シーズン当初から、仕入れ価格が400~500円程度と高値で、600円、700円という具合に上がっていきました。その後、800円、900円へと高騰したところで仕入れをやめる判断をしました。そこまで高いものは買えませんでした。
仕入れ価格が上がった分、加工商品の価格を3回、上げました。5%、10%上げるといった通常の値上げと違って、2割、3割は当たり前で上げていきました。2割ずつ2回上げれば元の価格の1.5倍近くになります。それでも2回目まではなんとか売り上げも付いてきましたが、3回目はさすがに厳しくなりました。値上げをしても小売店の売り場には置いてもらえたのですが、塩辛など安かった製品を高くしてしまうとやはり売れなくなってしまうのです。
当社の製品ばかりではなく、組合全体で塩辛の売れ行きが落ちています。高値になったため、小売店の陳列棚から外されてしまったケースも見られます。まだ値上げを検討しているメーカーもあるようですが、これからの値上げは大変だと思います。
古清商店では、製品によってばらつきはありますが、値上げの影響で販売量はやはり下がっています。売れなければ新たに製品は作れません。工場の稼働率はかなり低下しています。
実は近年、工場作業員の人手不足が深刻でした。観光業が好調なことや外食で大手企業が進出してくるなどして高い賃金で募集をしていることなども影響しています。そうなるとどうしても水産加工業には人が集まりづらくなります。そこで、ベトナムから外国人研修生を18人、受け入れる計画でした。
ですが、工場の稼働率が下がったことから人材難どころではなくなり、急遽、計画を中止しました。
函館漁港に停泊するイカ釣り漁船。2016年はスルメイカが記録的な不漁だった(写真=共同通信)
また、16年から小型のイカ釣り船を購入して自社で漁業を開始しました。安定的に原料を確保することに加え、ゆくゆくは水産業の6次化にチャレンジするつもりでした。今後も小型船を買い進めようと考えていましたが、これも昨年の不漁を受けて、様子を見ることにしました。
「イカの街」が裏目に
今後も不漁が続けば海外からの輸入に対する政策の見直しも必要になるでしょう。政府はスルメイカの輸入量を年間7万4950トンに設定しています。しかし、加工業者が必要な実際のトン数と国内の漁獲量とを考えると十数万トンまで広げてもいいと考えています。その程度なら国内の漁業者の方々にも迷惑がかかることはないと思います。
もう一つ、政府にお願いしたいのがロシア海域のイカを日本に輸入することです。地球温暖化で魚の取れる場所が北上しています。かつては本州でたくさん取れたブリが、今では函館が産地になっているほどです。では函館、北海道で取れていたイカはどこにあるのか。やはりロシアに北上したのではないかと思います。しかし現在、ロシアはイカの輸入対象国になっていません。これらのことを組合として国に陳情していきたいと考えています。
函館の加工業はイカを主力にしてきました。組合全体を見ても9割がイカの加工製品です。今まではそのことを強みにしてきました。スケールメリットも出ていましたし、加工技術も高い。 それが今となっては裏目に出てしまっています。イカからほかの海産物には簡単に転換できませんし、製品が小売店の棚から外されてしまった場合、函館の加工業者には代替の製品がありません。一方、例えば青森県の八戸市は、イカで有名ですが、同時にサバやイワシの産地でもあります。複数の原材料でバランスを取ることも可能です。函館の加工業者はそれができませんから、危機感を募らせています。
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