それにもかかわらず、今回の選挙で代々続いてきた慣行を、オープンな場で議論をすることなく、公式の議事録がない選考委員会という密室の場で壊してしまいました。しかも教職員の意思を尊重していません。

説明責任求められる時代

 選挙で誰が選ばれたかが問題ではありません。慣行を一夜のうちに壊してしまったことが最も不可解です。

 もちろん過去にも選挙でいろいろな動きはありました。石川忠雄先生が鳥居泰彦先生に敗れた時、「石川先生が続けるべきだ」という声もありました。しかし、最後は民意を尊重すべきという考えの下、得票数1位の人が塾長に選ばれてきました。

 今回、説明がつかない形で塾長が決まってしまいました。そのことで職員は「我々の決断が密室で変えられてしまうなら、何を言ってもだめ」と思ってしまうでしょう。これまでは選挙というオープンな形で塾長を決めていたのに、トップダウンで何が起きたか分からない内に塾長が決まってしまった。誰を見て仕事をすればいいのか、分からなくなってしまうかもしれません。今回の選挙結果を知った外部の方からは「慶応にはがっかりした。評判を落としますよ」と言われました。

 慶応は、福沢諭吉先生以来、自由な意見を出して、説得するなどの多事争論を大事にしてきました。しかし、今回の選挙を契機に、それがなくなってしまうのではないかということを恐れています。これから先も続く長い慶応義塾の歴史の中で、大きな節目にならないことを祈っています。

 企業も含めて世の中全体で説明責任が求められる時代です。大企業で問題が起きているところは、何かしら説明のつかないことをやっています。私は企業の社外取締役を務めていますが、コーポレートガバナンス・コードを読むと「こんな基本的なことをやるのか」と思うことがあります。しかし、それは、そのくらい基本を徹底的に大切にする精神がないと企業はどこかで間違う、説明のつかないことをやってしまう可能性があるということです。