時に時勢に見放され、時に敵襲に遭い、時に身内に裏切られる――。栄華興隆から一転して敗戦に直面したリーダーが、おのれの敗因と向き合って問わず語りする連載「敗軍の将、兵を語る」を、「日経ビジネス」(有料)では原則毎号掲載しています。連載の魅力を知っていただくために、2018年3月の月曜から金曜まで、過去2年間に登場した「敗軍の将」たちの声を無料記事として転載・公開します。
(日経ビジネス2017年11月13日号より転載)
熊本の老舗ラーメン店「こむらさき」が7月31日に本店を閉店した。熊本を代表するソウルフードを苦しめたのは、ニンニクをはじめとする原材料費の高騰。人手不足が深刻化する中、コスト増から十分な人件費を捻出できず、苦渋の決断を余儀なくされた。
[熊本ラーメン社長]
山中 禅氏
1952年生まれ。80年ごろ、家族が経営する熊本ラーメンの前身の有限会社こむらさきに入社。88年に熊本ラーメンを設立し、社長に就任。通販事業やコンビニエンスストア向けカップラーメンなどを手掛けてきた。65歳。
SUMMARY
「こむらさき」本店閉店の概要
「こむらさき」本店は、1954年に創業。3年後に現在の場所に移り、営業を続けてきた。しかし、2016年1月から人手不足が原因で休業に追い込まれた。その後、1年間にわたって、人材募集を続けてきたが、熊本地震の復興需要などで人は集まらず、原材料費の高騰もあり16年暮れに閉店を決意。17年7月31日をもって、63年間の歴史に幕を下ろした。
当社は1954年に創業した熊本ラーメンの店です。創業以来、営業を続けてきた本店を2017年7月31日に閉店しました。県外からのお客さんを呼び込むために、当社にとって知名度のある本店は必要な店舗でした。皆様に愛された本店の閉鎖を発表し、多くの方から驚きのご連絡をいただきました。ご心配をお掛けしました。
本店を閉店する大本の背景にあるのは、人手不足です。実は、熊本地震が起きる前の16年1月から本店は休業していました。人が足りなくなり、1年間ずっと募集をかけていましたが、なかなか確保できませんでした。採用さえできれば、すぐにでも店を再開できましたが、どうしようもありませんでした。閉店を決めたのは、昨年の暮れぐらいです。
地元の時給上昇についていけず
特に集まらなかったのは、昼間のパートさんです。いま熊本市では時給が上がっていて、ついこの間まで時給は700円ちょっとだったのが、いまは800~900円になっています。我々が採用したい主婦の方は、コールセンターに流れているようですが、時給1000円で募集しているそうです。それに対し、私どもが提示していた時給は、例えば研修期間が明けたバイトの場合で、750円でした。
もっとバイト代を上げれば、あるいは人材を確保することができたかもしれません。しかし、当社には、それができない経営的な問題がありました。原材料価格の上昇です。
痛かったのがニンニクです。10年前は1kg当たり300円だったのが、今年は1600円ぐらいまで高騰しました。とはいえ、原価が上がっているからといってラーメンの値段をおいそれと上げるわけにはいかない。こうした状況で、バイト代を上げようと思ったら、とても大変です。
もっとも、現在の時給でも全く応募がなかったわけではありません。しかし、その場合、来てくれる方の人材の質は高いとは言えませんでした。
特に、少子高齢化の影響なのでしょうか、今の若い子の中には、コメや皿の洗い方から教えないといけない子も少なくありません。家庭で一般的な常識を全然、教えていないのでしょう。
優秀な人材を雇おうとすると、バイト代を上げるしかないが、原材料の高騰でそれができない──。そんな構図は飲食業界全体のものではないでしょうか。
東京の同業者も求人が困難になってきていると聞きます。熊本ラーメンは、熊本を代表する食べ物の一つですが、そんなブランド力も、人手不足と原材料高騰には勝てませんでした。
結局、自社ビルである本店を閉店し、貸した方がいいとの結論にたどり着きました。ちょうど店舗の設備が不調だったことも苦渋の決断を後押ししました。休業のままでは収益はありませんが、貸せばゼロよりは上ですからね。改装して店をやりたいと考えている若い人に貸す予定です。若手のチャンスの場として使ってもらえるなら、本店があった商店街の地域貢献にもつながるとも考えました。
今後は、本店から歩いて5分ほどのところにある上通中央店(熊本市中央区)と、新横浜店(横浜市港北区)の2店舗の経営に集中します。2店舗体制になることで会社の先行きを心配する声もあるかもしれませんが、ここへきて利益率は改善しているんです。本店に来ていたお客さんが上通中央店に来てくれるようにもなりました。
様々なコストが上昇する中、中小企業はコスト削減の余地を探すのはかなり厳しい。だから、最近ではデパートの催事の引き合いなども受け、売り上げを伸ばすようにもしています。大阪や名古屋、福岡などあちこちからオファーがあり、催事では1時間で120杯もラーメンを売ることができます。1日にすると、600~700杯になります。
今後は他県への進出も検討
うちで一番大きい店舗である上通中央店でも、連休や夏休みなどの繁忙期を除いた日でも1日300杯くらいですから大きな数字です。
今後も、もうけようと思ったら、他県に出た方がいいと思っています。ただ一方で、事業を広げて失敗した店も数多く見てきました。営業は広げるだけが営業ではない。状況によって、広げたり、縮めたり、変化させながら、「こむらさき」を存続させる方法を考えていきたいと思います。
熊本県の求人倍率、全国より高く
熊本県では2016年4月の熊本地震発生以降、深刻な人手不足が続いている。厚生労働省が10月31日に発表した9月の有効求人倍率(季節調整値)が1.52倍だったのに対して、熊本県は1.58倍だった。全国値よりも高く、全国の都道府県別のランキングでは17位に位置する。訪日外国人向けの消費で地元経済が盛り上がる福岡県(21位)や京都府(23位)より上位だ。熊本地震の復興需要と景気の上向きなどで高水準の求人が続いている。
熊本県の有効求人倍率は全国よりも高い
●全国と熊本県の有効求人倍率
人手不足の動きと並行して、最低賃金は上昇傾向だ。熊本県の最低賃金は06年に時給612円だったが、16年は16.8%増の715円にまで上がった。さらに今年10月1日からは最低賃金が737円に改定されたばかりだ。全国的な水準と比較すると、熊本県の最低賃金は低いが、日本全体を覆う人手不足の波に乗り、着実に上昇を続けている。熊本ラーメンでは現在、研修期間が明けたバイトに時給750円を支払い、無料のまかないをつけているが、時給は最低賃金ラインとほぼ変わらない。
飲食店を悩ませる人手不足の流れは、震災の復興需要が一巡した後も解消されそうにない。日本銀行熊本支店が今年4月に発行したリポートは「復旧・復興需要という循環要因だけではなく、少子高齢化、若年層を中心とした生産年齢人口の県外流出といった構造要因も強く影響」と指摘した。
温暖な気候の熊本県は、農業の有力地として注目度が高く、農業生産法人も増えている。熊本県農業協同組合中央会によると、15年度の新規就農者数は311人で、3年連続で300人台に達した。農業法人や農業参入企業の新規雇用就農者は増加傾向にあるという。さらにIoT(モノのインターネット)市場の活性化により、半導体関連企業も熊本県で工場を増設するなど積極的な投資に動いている。原材料費高騰に苦しみ、時給を引き上げづらい飲食店にとって、厳しい局面は今後も続きそうだ。
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