IoT時代に求められる「もの」と「こと」の融合
経済産業省の関総一郎・近畿経済産業局長と探る(1)
製造業のグローバル化によって、「ものづくり」だけにこだわった事業や開発で、先進国の企業が勝ち抜くのには限界が見え始めています。「ものづくり」と「ことづくり」の両方を高いレベルで揃えることが、持続的な競争力を身につけるカギとなります。技術や製品を生み出すのが「ものづくり」、技術や製品、サービスを使って、これまでにない生活や社会のスタイルを生み出すのが「ことづくり」です。今回は、経済産業省 近畿経済産業局長である関総一郎さんに、「もの・ことづくり」について伺います。関局長はものこと双発協議会・学会の設立に当たり賛同人として一緒に活動をしていただきました。発足後も関西をベースとして啓発活動を行っていただいています。
また5月30日には大阪で、関局長をモデレータに「IoT時代の未来志向のビジネスモデル~モノ作りとサービスの融合の時代へ」を、近畿経済産業局/一般財団法人アジア太平洋研究所、ものこと双発協議会主催で開催いたします(詳しくはこちらをご覧ください)。
田中:行政に携われている立場から、日本の「ものづくり」、「ことづくり」をどのようにご覧になっているのでしょうか。
関:現職の近畿経済産業局長に就く前に、総務省の情報通信戦略国際局で、日本の情報通信技術の海外への展開支援を担当していました。世界各国を訪れてみると、日本の技術に対して、品質や信頼性に関する評価が高いことは、改めて実感できました。その一方で、価格競争力については、着実に弱まっているなども痛感させられました。
そして、やはり厳しい国際競争に直面する欧米の情報通信企業が、ものだけを売るのではなく、システムとして、サービスと組み合わせて展開することに活路を見いだしている事例を多く見ることができました。
以前から、日本の「ものづくり」だけに偏った事業戦略では国際競争を勝ち抜けないのではないかという懸念は持ってきましたが、今後はよりサービスを意識した事業モデルが問われてくるのではないかと考えています。
申し上げていることは日本の「ものづくり」そのものの強さの先行きが暗いということではありません。今後も日本がものづくりに強みを持ち続けるという構図は変わらないと思います。近畿経済産業局に着任してから大阪・関西を中心に歩いていても、その確信は変わりません。しかし、「ものづくり」だけで競争していては、これからのグローバルでの競争には勝ち残っていけないだろうという予感もあるわけです。これからは、「ものづくり」と「ことづくり」を双発エンジンのようにして展開していかないと勝負できない分野が多くなるのではないでしょうか。
また、日本の「ものづくり」企業では、事業分野や事業形態を拡大させようとする場合に、いま自らが持っている要素技術からのにじみ出しというレベルに、発想が止まってしまう傾向が強いように感じます。
もちろん、要素技術を大切にしながら次の事業を展開することは、企業の戦略として、極めて真っ当な発想だと思います。しかし、その発想を要素技術の周辺に留めてしまうのではなく、オープンイノベーションを追求しながら、IoT(もののインターネット)の時代の要請に応えるビジネスモデルは何なのかを探り出すという姿勢も重要ではないかと感じています。
関:米国などの企業は、まずは事業モデルの組み立てから発想し始め、その事業モデルを実現するには、どのような要素技術が必要で、それをどのように獲得していくのか、という順に考えていく傾向が強いでしょう。いわばトップダウンの思考方法で、多くの日本企業と逆の発想と言えます。
現在、米国の情報通信企業が構築するサービスや製品に対して、日本の企業は素材・部品の供給者として使われているという形になっています。もちろん、「ことづくり」にも、必ず「もの」は必要で、その「もの」の供給に徹するというのも、一つの生き方かもしれません。
しかし、かつて日本の企業は世界に新しい製品・技術を提案し、それを優れた品質とコストで世界の人々の暮らしを豊かにしてきました。仮に日本の企業が「縁の下の力持ち」としてだけではなく、これからも新しい価値提案を行い続ける存在として尊敬されようとするなら、優れた要素技術に裏打ちされた「もの」と「こと」の双発モデルというスタイルに脱皮する必要があると考えています。
必要とされる斬新な発想
田中:大企業から中小企業まで、これだけ優れた技術が揃った国は珍しいでしょう。技術の展開として、業界を超えた縦方向の組み合わせだけでなく、同業他社を含めた横方向に組み合わせることができる仕組みの構築も考えられないものでしょうか。
関:関西には、大企業から中小企業まで、良いものを生み出せるものづくり企業が分厚く集積しています。これまでは、大手電機メーカーが、関西のさまざまな技術や企業をつなぎ合わせ、ネットワークを形成する役割を果たしてきました。
しかし、これからのIoTやAI(人工知能)の時代には、従来とは違う発想で、新たなビジネスモデルを実現するための技術や企業をつなぎ合わせるアプローチが必要になってくるでしょう。
多くの企業はいま、オープンイノベーションを強く意識しています。中でも、IoTの分野では、オープンイノベーション抜きにして、企業の強みを活かすことが難しくなってきます。自前技術に頼るだけでは、時代の要請に応えるためのスピード感に追いついていかないためです。
関西でも、ダイキン工業やサントリー、日本電産などが、新しい研究所を創設したり、創設の準備を進めたりしています。こうした研究所が設立される背景として共通しているのは、オープンイノベーションを強く意識している点です。
オープンイノベーションで問われるのは、いかに従来の発想を超えた連携や提携に踏み出せるかどうかです。
企業も、その必要性は認識しています。しかし、それぞれの研究開発の現場では、一足飛びに新しい発想に踏み出すのは簡単ではありません。そこで、従来のビジネスの延長線上では出会わないであろう企業や研究者との接点・ネットワークをいかにたくさん作れるかが重要になっています。
関西には、「ものづくり」だけでなく、さまざまなサービスを提供する企業も多くあります。そこで、近畿経済産業局では、さまざまな分野の「ものづくり」やサービスの企業が参画できるような異業種交流の場を立ち上げました。これを「MIRAIDEA」と名付けています。MIRAI(未来)とIDEA(アイデア)をかけ合せた造語です。ここでは「ものこと双発」という発想をベースにしながら、どのような斬新な発想が生まれるか、実験的な議論の場として活用していただきたいと考えています。
関:その活動の中から、本当のビジネスが生まれるかどうかは別として、これまではお互いに縁遠いと思っていた他の分野の人たちが、どのような発想で、どのようなテーマに取り組んでいるのか、身近に感じていただいて、それを自社に持ち帰ってもらい、その企業の次の活動に、発想力を広げて活かしてもらえることを期待しています。
日本には、米国のシリコンバレーのような異業種間も含めて活発に交流できる環境は、なかなかありません。このハンディキャップを乗り越えるために、日本企業の頭を柔らかくする機会を設けないといけないという問題意識が、この活動の背景にあります。
近年、世界的には、自らにない技術やビジネスモデルを手にするための方策としてM&A(事業の合併や買収)が活発になってきています。時間をお金で買おう、という戦略です。
これまでの日本企業のM&Aは、多くの場合、自らの事業領域、事業分野の周辺の技術を想定して買収案件を見定めているように見えます。今後は、それに加えて、これまでの自らの事業形態とは異なる領域に属する企業との提携やM&A、つまり、新しい化学反応を引き起こすことによって新たな発展を目指そうというような活動がどれだけ生まれるかに注目しています。
メーカーと顧客がつながりっぱなしの時代
田中:インターネットに全部つながるという社会を前提にすると、ものを作る段階から、つながった後のことを考慮していないと成り立ちません。
関:テレビについて見れば、放送はそもそも「送りっ放し」と表記するくらい一方向型でしたが、現在、視聴者との双方向の対話型に変わってきています。多くの分野で、顧客とのつながりが深まったり、双方向型に変わっていったりすることが起こるはずです。
ものを作って売るビジネスでも、従来型のビジネスモデルではものを売った時点で顧客との関係はいったん切れます。顧客から修理やメンテナンスの要求がない限り、特定の顧客を意識することはありません。しかしIoTの時代になると、メーカーと顧客とはつながりっぱなしの状態となります。そうすると顧客との関係は、ものを売る時がいわば関係構築の「始まり」であり、顧客とつながった後に、顧客にどういうサービスや価値の提案をすることができるかが問われるようになります。そうなると、顧客との間を媒介する「もの」は価値提供のゴールではなく、一つのツールという位置づけになります。
こうした変化をチャンスと考えている企業は日本にも多くあります。顧客とつながることを、自社製品の競争力の向上にどのように生かすのか、あるいは、自社製品を生かしたプラットフォームをどのように作っていくのかを構想している中小企業もあります。
このように、IoT時代の事業モデルに関して、決して日本が乗り遅れているとは、必ずしも思いません。ただし、IoTの時代のチャンスをものにするためには、これまでの延長線上にはない発想が必要になってきます。
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