久世:日本で研究所を本社や営業、サービス部門と同じ場所に移す狙いについて、もう少し紹介します。研究者やエンジニアを、事業側の人たちと交流させたいと同時に、事業側にとっても最新のテクノロジーやその進化を身近に感じていなければ、IBMが迎えている事業環境の大きな変革に、適切に対応できないという危機感があったと思います。

 元々、IBMの研究開発は、営業などと密接に連携して活動していましたが、より高いレベルで一体的に動けるようにする狙いです。

 IBMの基礎研究所は、1970年代から、事業部と連携する仕組みがいくつかあります。例えば、ジョイント・プログラムは、ハードウエアやソフトウエアの事業部と研究所がWin-Winになる協業プログラムです。重要なことは、費用の負担と自由度のバランスでした。日本では、事業部から研究所への委託研究がありますが、その場合、すべての予算を事業部が負担します。それでは、事業部の主張が強くなってしまいます。

 IBMのジョイント・プログラムでは、研究所と事業部が予算を折半するマッチングファンドという仕組みを採用し、両者が対等な立場で運営されます。研究所が重視するテクノロジー戦略と事業部の重視するビジネス戦略に折り合いをつけ、テクノロジーや研究成果により強力な差別化を図るとともに、それが、実際にビジネスにつながる確度を上げたり、スピードを増す効果があります。この仕組みは、現在も使っています。

 2000年になって、PwC Consultingを買収した際は、戦略コンサルタントとIBMの基礎研究員が一緒に連携して、お客様の事業やビジネスの難しい課題を解決するサービスODIS(On Demand Innovation Service)を開始しました。IBMがハードウエア製品からサービスに大きくシフトしていく中、サービスに対する基礎研究のテーマや研究方法について抜本的な改革が求められていた時期でもあります。また、コンサルティング部門にとっては、ODISにより競合の戦略コンサルティング会社に対して、より付加価値の高い新しい戦略コンサルティングを提供できるといったメリットがありました。

 こうした取り組みも、IT研究者と戦略コンサルタントいった全然異なるスキル、バックグランド、能力のメンバーが同じ仕事をすることによって、新しいビジネスを作り出す取り組みの先駆けです。まさに、「もの・ことづくり」の実践です。もの作りの得意なIT研究者とこと作りが得意な戦略コンサルタントの融合によるイノベーションです。この活動により、実際、多くの成果が出ました。

ハードとソフトの融合が日本に必要

田中:当時は、丸の内の事業部のオフィスに、大和の研究所から10人以上を移しましたね。

久世:はい。彼らは、職場が大和研究所から丸ビルに変わっただけでなく、戦略コンサルチチーム(当時は100%子会社)に1年間、出向し、コンサルチームの一員として、評価基準も変えて活動してもらいました。それぐらい環境を変えないと、本当の意味のオープンコラボレーションによる「もの・ことづくり」ができないと直感したからです。

 このプログラムでは、年間10人強の基礎研究員が1年間出向の形態をとって、活動しました。最初の3年間で、40人近い研究員がコンサルタントの仕事を現場で体感することになります。お互いの仕事を体感しながら、そこで関係ができることも大切です。このプログラムの終了後も、強力な連携体制は続いています。

 「ことづくり」に関して、願っているのは、次世代の日本を担う、若い世代がこうした様々な分野の人たちと自由に議論し、意見をぶつけ合い、アイデアをすぐに具現化するような環境の充実です。ITの分野では、世界中でそれが当たり前になってきています。

 いまの時代は、ハードウエアといっても、ソフトウエアやITと融合して成り立っています。高度で強力なハードウエアをリードしている日本企業が、さまざまな分野の企業と一緒に取り組むことにより、ITにも強くなっていくはずです。ソフトウエアとハードウエアがうまく融合していければ、日本は本当に強くなっていくと確信しています。

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