前編に続き、日本アイ・ビー・エムの執行役員 研究開発担当である久世和資さんと、「ことづくり」への取り組みや、その課題を探っていきます。久世さんには、「ものこと双発学会」の理事として議論に参加いただいています(2月27日に開催される、ものこと双発学会の年次研究発表大会についてはこちらをご覧ください。学会員の研究論文の発表と協議会の議論の報告を行います。皆様もぜひご参加ください)。

田中:「ワトソン」をベースとしたコグニティブ・コンピューティングの活用事例は、医療分野以外にも広がっているのでしょうか。

久世和資・執行役員 研究開発担当
久世和資・執行役員 研究開発担当

久世:別の分野への応報事例として、保険会社のコールセンターへの適応があります。このコールセンターは、お客様の評価が高く、保険商品の単なる説明だけでなく生活に関わる多くの質問や課題に答えてきました。ただ、最近は、若年層を中心に電話で会話するよりも、スマートフォンやパソコンなどを使ったチャットの方が好まれる傾向があります。コールセンターのベテランのオペレーターでも、チャットでタイムリーに答えるのは難しく、人に変わって、コールセンター業務を学習したワトソンが24時間、チャットで来たお客様の様々な質問に対して的確に答えています。

 もの・ことづくりで新しい事業を立ち上げるには、一般には時間がかかります。ワトソンによるコグニティブ・ビジネスの立ち上げも、2011年にクイズ番組でチャンピオンに勝ってから、2014年のワトソン事業部立ち上げまで、3年間要しました。

 こうしたコグニティブ・コンピューティングの市場を広げるには、IBM単独では到底実現できません。エコシステム(経済的な協調環境)が不可欠です。ワトソン事業では、スタートアップ企業や大学、中小企業から利用したいという要望が多いため、オープンスタンダードに準拠した開発実行クラウド・プラットフォームであるBluemix上で、ワトソンの応用システム開発に必要なAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)と呼ばれる部品を28種類公開しています。今年中に、60まで増やす予定です。現在、世界で300以上のパートナーが、このAPIを使って、様々なコグニティブアプリケーションを開発しています。

 ワトソンを対話や助言などに応用する場合、対話している相手の性格や特性を理解することが重要です。例えば、細かいことまで伝えて欲しい人と、最小限だけ伝えて欲しいという人がいますが、このようなことも、ワトソンは自ら判断しながら対話をすすめます。

 例えば、アウトドア用品メーカーのweb上でワトソンがショッピングのアドバイスをしてくれます。人とワトソンがチャットで、対話を進めることができます。「5日間、山に登るのに必要な道具は何ですか?」などと尋ねると、ワトソンは、対話相手の登山の経験や、季節、気温、登りたい山の状況などを、総合的に分析しながら、最適な回答を作るために、追加の質問を自動的に作成し、より有効な情報を引き出します。こどもの教育に使える恐竜型ワトソンのコグニトイも同様の技術を使用しています。

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