クイズ番組でチャンピオンに挑戦するコンピューター・ワトソンは、2006年頃に「グランド・チャレンジ」に位置付けられました。最初は2人の研究員の発想がきっかけです。2011年にクイズ番組で成果を上げるまで、4年間以上、約30名のコア研究チームのほか、数百名の研究者や技術者が開発チームとして関わっています。コア研究チームや開発チームには、もちろん、日本の基礎研究所からも参画しました。実は、日本は、基礎研究所も開発研究所も、ワトソンの重要な機能である自然言語の分析や理解では、30年前より世界でトップの専門技術集団です。

 クイズ番組のジョバディは、50年以上も続いていますが、二度と同じ問題は出題されません。このため単純に過去問を記憶していても、新しい出題に対する答えは導くことはできません。

 まず、自然言語で表現された問題を解析し、問われていることは何かをまず理解します。たとえば、人名なのか、地名なのか、年代なのかなどです。聞かれている内容がわかったら、次にワトソンが自分が持っているビッグデータの中から、解答の候補をできるだけ多く挙げ、それをすべて検証していきます。これを1~2秒の間に処理します。

ワトソンが拓く新市場

 2011年に二人の歴代チャンピオンに対して、ワトソンは勝利することができました。ただ、ワトソンは、ジョパディで勝つことが、最終目標ではありませんでした。ワトソンのグランド・チャレンジがきっかけとなり、医療や保険など、さまざまな企業や研究機関から、ワトソンをビジネスや事業に使いたいという問い合わせがありました。ワトソンを実ビジネスに応用することにより、事業を変革したり、新しい市場を創ることが、より大きな我々の目標でした。

 例えば、医療におけるワトソンの応用がその1つです。医療の世界では、新しい症例に加えて、治療法や薬なども、日々、進化しています。医療文献数も、5年間で二倍のペースで増えています。かたや、米国の場合、現場の医師が新しいことを勉強する時間は、平均して月に5時間しかありません。いくらベテランで優秀な医師でも、最新の知識がないと、最善の診断や治療をすることが難しくなります。このような状況ですので、新しい知識を学習し続けるワトソンが、医師の診断や治療のサポートをするという新しい医療の形態が重要になってくるはずです。

 メモリアル・スローン・ケタリング癌センターでは、160万の癌の症例や関連の医療文献をワトソンに学習させ、医師の診断支援に活用しています。

 また、創薬では、ベイラー医科大学と共同で、p53という癌細胞の抑制に効果がある新しい酵素などを発見するのに、ワトソンを利用しています。この分野は非常に有望で研究者も多く、世界中で、10万件近い論文が発表されており、今も増え続けています。研究者は、これらの論文を読むことが必要ですが、選択的、部分的にしか読むことはできません。一人で読むとすると10年以上かかってしまいます。これに対して、ワトソンは、数日ですべての論文を読み込み、学習できます。これまでに、p53に効果がある酵素は、1年に1つ見つかるかどうかでした。ベイラー医科大学では、ワトソンを利用することにより、数週間で6つも発見することができました。画期的な創薬のスピードの向上になりました。

 遺伝子の世界でも、ニューヨークのゲノムセンター他でワトソンは活用されています。日本でも、東京大学とワトソン遺伝子分析システムによる共同研究が進められています。

(次回に続きます)

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