新しいITの時代では、ビッグデータである大量のデータから知識を構築することが重要になってきます。特定の分野のビッグデータとプロセスやノウハウなどの知識を持たない限り、その分野に関連する新しいIT事業も立ち行きにくいと予想しています。

 そこで、ワトソン・ヘルス事業部は、米国で医療データを基に事業を展開している3つの企業、ファイテル、エクスプローリ、マージを買収しました。医療の分野は、データの取り扱いや規制が厳しい面があります。IBM自身が医療のコンテンツを持たない限り、事業を大きく広げられないリスクがあり、そうした制約を乗り越えるための転機となるはずです。

 コグニティブ・コンピューティングという新たなコンピューターの仕組みをビジネスに活用することと、データと知識を自ら保有するということは、これまで経験したことのない時代に入ってきていることの象徴かもしれません。いずれも、「もの・ことづくり」に関連しています。

田中:IBMがコグニティブ・コンピューティングを主張し始めたのは、2000年前後でした。当時は、疑念を呈されることも多かった構想ですが、ようやく陽の目を見る時代に入ったと言えます。

 コグニティブを事業にするには、応用を支えるデータが要ります。それを得る手法として、IBM自身で取り組むのではなく、知見を持つ企業と組むという、新たな仕組みで臨むのですね。IBMがうまいのは、このように新たな概念を具現化できるように整えてから、それを唱えていくところです。こうすることで、顧客の多くがついてきます。

年ごとの重要技術はグローバルで集約

久世:IBMは、具体的な「もの」を用意しながら、大きな構想やビジョンを具現化していくことを、ずっと繰り返してきています。

 最近の新しい試みや活動の多くは、IBMが2000年から作成している「GTO(グローバル・テクノロジー・アウトルック)」で議論されたものが少なくありません。GTOは、各年ごとに、事業、市場、ビジネスに非常に大きな影響を与えうるテクノロジーの変化点をまとめたレポートです。研究所が中心になって作成しますが、その過程においては、関連事業部はもとより、社外の有識者やお客様の視点や意見、予測を取り入れます。GTOのオーナーは、CEO(最高経営責任者)となっています。開始当時は、ルー・ガースナー、その後、サミュエル・パルミザーノ、今は、ジニー・ロメッティがオーナーになっています。一年間かけて作成しますが、数名の専属スタッフに加えて、世界の研究所の数百名が作成に携わります。

 毎年、年初に世界各地の12カ所の基礎研究所から、候補となるテーマが100件近く集まってきます。それらのテーマについて社内外と議論を重ね、グルーピングや取捨選択を繰り返し、 最終的にGTOに盛り込む技術トレンドは、4~7件に絞りこまれます。研究所だけでなく、事業部やお客様、大学など、さまざまな役割りや立場の部門や人の意見やアイデアを取り入れながら、議論を深めていきます。

 GTOが完成すると、そのすべての内容を、まずCEOが半日かけて理解します。IBMのトップが自ら勉強するので、各事業部のトップも、真剣に理解し事業部の戦略に取り込みます。このように、GTOは研究所が中心に作成しますが、その結果は、IBM全体の経営戦略に活用されています。コグニティブ・コンピューティングのビジョンも、こうした中から出てきました。

 コグニティブ・コンピューティングは、1990年代末に技術トレンドとしてGTOで示されました。GTOとは独立に、IBMの基礎研究所では、研究プロジェクトに対して、戦略、プラン、評価を行っています。その中に、「グランド・チャレンジ」と呼ばれるプログラムがあります。これは、長期的で実現がかなり難しいプロジェクト推進の仕組みで、常に10件程度、手がけています。

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